「美紀ママのお仕事」飯田京子さん
①
「もしもし、美紀、ご無沙汰してます。ちょっと話したいことがあるんだけど、明日お店にいっていい?」
「京子お久しぶり、話ってもしかして彼のこと?」
「そうなの、別れたの。で、どうしても自分のなかでおさまりが付かなくて聞いて欲しいの、いい?」
「もちろんいいわよ。開店前に来てもいいわよ。お客さん来ちゃうとゆっくり話せないでしょ」
「そうする、じゃあ明日」
と電話が切れた。京子は美紀の短大時代の友人で、同じ市内のスーパーNの経理をやっている。スーパーNは県内に数店舗支店があるだけの中小規模の会社だが、新鮮で客のニーズに合わせた商品が並んでいるスーパーなので人気がある。
経営者は京子の父親なので、彼女は卒業後すぐにスーパーNに入って、ずっと父親の片腕として働いてきた。
独身で仕事に生きている身なので、美紀とは悩みも分かち合えるから時々店に来てうっぷんをはらしたり、店の従業員を連れてきて、カラオケをしたりして「家路」の良い常連客になっている。
美紀には淳一がいるが、京子の恋愛はいつも妻帯者とだったり、父親と同じくらいの歳の人だったり、そうかと思うと息子のような若い学生だったり結婚とはほど遠いような相手ばかりなのだ。今回も単身赴任の男と付き合っていて別れた、と言うのだ。
➁
京子はビールを一口飲んでから、「美容院に行ってショートカットにしよかな?」といった。
「いつもそんなこと言ってもショートにはしないじゃない」
「でも今回はかなりショックだったもん」
「はい、はい、それで?」
「彼さー、もう5年ぐらい単身赴任だからこっちでもまあ女の人がまわりにいるのよね。前も話したと思うけど」
美紀は京子の彼の顔を思い出した。京子と何回か店に来てくれたので顔は憶えていた。
「彼は女友だちはいるけど、京子が一番だからね、それは確かだから、って言ってた。それはわかってたよ。奥さんいる人だし、飲み屋でもモテていたしね。デートの途中でだれかに呼び出されて行っちゃうこともあった。でも彼は優しかったし、大切にしてくれてたと思う」
「わかるよ」
「でも、あの日はね、あまり行ったことがない居酒屋でお客さんの誕生パーティーだったの。楽しく飲んでいたんだけど、『あとはこいつに頼んだから、こいつと飲んでたのしくやってね』って言って先に帰ってしまったのよ。その人、彼の会社の人みたいで二人で話しながら飲んでいたの」
「で、楽しく飲んだの?」
「まあ、楽しかったけど、彼がこいつに頼んだ、なんて言って先に帰ったのがムカついたのもあるけど、少し飲みすぎたのよ」
美紀は次の展開が何となくわかったが、「それで? それで?」と聞いた。
③
「飲みすぎたからふらついてその人によっかかって、タクシーでホテルにつれていかれたわけ。でも頭はしっかりしていたから、帰る帰るって言いつづけてたけど、その人自分から裸になっちゃって、こんなになってるんだから、一回でいいからっていうの」
「で、しちゃったの?」
「まさか! 警察呼ぶからって私も騒いだからその人も諦めて、服着てタクシー呼んで帰ったんだけど」
「良かったね」
「良くないのよ。そいつ、次の日に彼に、私とホテルに行った、って話したのよ」
「そうなんだ」
「で、彼に呼びだされて、そういうつもりで彼に頼んだんじゃないし、京子のことは信用できなくなった、って」
「……」
「そいつがね、私とやったって言ったんだって! 冗談じゃないわ、無理やり連れていかれて最後まで拒否したって言ったけど、もう別れるって。なに言ってもだめだった」
「その男何なんだろうね、京子に気があるのかな?」
「知らないわよ。そいつもひどいけど、私のこと信じてくれない彼もひどいと思う。私、悲しくて泣いてしまったの。所詮、遊びだったとは思うけど、元々はデートしているのに、先に帰ってしまって、私のことほかの男に頼むなんておかしいことじゃない? 悲しいのと悔しいのとでどうにかなりそうで、美紀に聞いて欲しくて…」
④
美紀は暫く黙っていたが、
「彼、わざとやったんじゃない? 京子と別れたくて…」と言った。
「まさか、ハニートラップじゃあるまいし」
「お客さんにそういうこと聞いたことあるよ、めんどくさい女と別れる方法なんて言ってた」
「私がめんどくさい女だったっていうの?」
「そういうことじゃなくて、理由はどうであれ、京子と別れたかったのよ。彼、女に関してはやり手だもの」
「二番の女を一番にするために私と別れたかったのね。ジョウトウだわ」
「悔しかったとは思うけど、私は却ってよかったと思う。京子もそろそろちゃんとした人と付き合ってほしい!」
「だよね。わかってるんだけどね」
そのとき店のドアが開いて、客が入ってきた。淳一の同級生の林だった。
「林さんですよね。あのときはお世話になりました。いらしていただいて嬉しいです」
「ご無沙汰しました。やっと来れました。ビールください、あ、美紀さんとこちらの新人さんにも」
「この人はお客さんです。私の同級生なんですよ」
「あ、失礼しました。きれいな方だからてっきり新人さんかと思いました」
「淳一さんのお友だちですか? お口がお上手ですね」と京子が言った。京子の顔が引きつっているように見えた。
美紀はあわてて
「この人真面目な人なので……さあ、三人で乾杯しましょー」と言った。
⑤
「林さん、もう少し飲んだらカラオケいかがですか? 京子、林さんとデュエットはどう?」
「いいですね。歌いましょう」
二人が歌っているときアスカと黒川が店に入ってきた。
アスカが、「京子さん珍しいですね。あれ? 淳一さんのお友だちですよね」
「そう、林さん。黒川さんいらっしゃいませ。アスカちゃん何をごちそうになったの?」
「ステーキ、黒川さん、肉、肉っていつも言ってるんですよねー」
「いつもじゃないよ、たまに食べないと力が出ない」
「そうですよね。今日はどちらで?」
「『みその』に行ってきた」
「『みその』でワイン飲んできたから、すぐにライブの練習いいですか?」とアスカが言った。
「オッケー 京子も喜ぶわ」
林と京子の歌がおわり、黒川とアスカの練習がはじまると、スズ、ジュリ、ゆきも常連客と同伴出勤をしてきて、店が賑やかになった。
「アスカちゃん、またまた色っぽくなったね」と京子が言った。
「そう? 毎日一緒だからわからないけど、アスカちゃんは女ざかりだから」
「まだまだ、私たちだって女ざかりでしょ? 40代は女ざかりだと思う」
「じゃあ、京子もこれからじゃない?」
「京子さん、独身なんですか?」と林が言った。
「えー? 私老けてるの?」
「ちがいますよ。落ち着いているから」
「林さんは結婚しているの?」
「独身です!」
「あら、やっぱりねー」
「若く見えるとか?」
「ちがうわよ、何となくね。でもお腹も出てないから、わかいほうかな?」
「林さん、来週の日曜日にぶどう狩りとワイン工場見学やるんですけど、来てくださいね。京子もね」
「日曜かー、うーん、いろいろあったから休みとって参加する」
「ぼくも行きます」
美紀は京子と林の仲を取り持つ作戦を考え始めた。
完
※「美紀ママのお仕事」はこれで終わりです。
気が向いたら又続きを書くかもしれません。
何かネタになるような話があったら教えていただければ嬉しいな、と思います。
💕ありがとうございました。