蝕の夜 紅き月の下

歌う蒼き心の小夜曲。

光りを遮る、闇の深遠

私の心 写す鏡の如く

空は冷たく、静かに見下ろす。

見上げる月に、私は想い重ね

『君を壊したい』

その淡き光りを遮る影に

私は、なりたいと。

朱き月。私の罪を彩り賜う。

君のすべてを、私のものに。

闇は、全てを飲み込んで

私と共に、朝日と消えゆ






ん~まだまだリハビリ中、もう少し推敲しないとねえ。カテゴリ分けするほどの事もない。

昨晩、危うく見逃すとこだった皆既月食。日食よりある意味、派手さはないけど、神秘的。

昔の人々は月の陰りと紅き月に何を想ったのか。




以前よりやりたかったblogの『テーマ別』仕分け、とりあえずやってみた。

この『猫床六尺』と『徒然歌』をテーマ別に分割してダラダラ書いてみようかと。

最近はニュースのなうコメント、きっちり『80字』で起承転結、オチを付ける事に終始、少ない知識と豊富な自我で挑んで来たが、さすがに飽きる。

しかも、難しい(笑)

これが140字だと、それなりに読みごたえがあるだろうが、返って蛇足。文章に勢いが無くなる。

ダラダラ長文書くなら、blogが良い。

たまに見かける芸能関係の所謂『公式blog』の中には、『それって、なうとかツイッターでいいんじゃね?』と思うものも、まあちらほら。

公式はとどのつまり『お仕事』なわけだから、色々情報や告知が入るのはまあ当然として、

『blog本文より告知が多いってどうよ?( ̄▽ ̄;)』

みたいな?(笑)

まあ別にいいんだけどねえ、それぞれのやり方ってもんがあるんだし。


私はとりあえず、三箇所ほどでこんなどうでもいいことを書きなぐっている。

使い分け、みたいなものも一応ある。

モバゲーはゲームとサークル活動。ツイッターはわりとプライベートな呟き。

んで、ここでは80字ボケツッコミとダラダラ徒然草。

そんな感じ。


とりあえず、オチなく意味なく終了。
ふたり。



『一人より二人がいいね』
君の口癖だけど、ホントにそうかい?
俺には安っぽい戯れ事
謡文句にしか聞こえない

「だって、君は俺がいなくても楽しくやってるじゃない?」

『人間なんて、所詮死ぬときゃ独りだ』
なんて貴方はうそぶくけど
本当に独りで死ぬ気?
人一倍、寂しがり屋

「孤独ぶって拗ねてるだけでしょ?」

『ふたり』でいること
それについて少しだけ
考えてみようか。
ありきたりな台詞や謡文句
そんなもの全部捨ててみて

『とりあえず、答えが出るまでふたりでいよう』

必要だとか、不必要だとか
そんな『利害関係』だけなら要らない。
どちらかがどちらかにもたれ掛かる
『依存』もいらない

「君が君でいられる事と俺が俺でいられること」

「私が私でいられない、貴方が貴方でいられない」

そんな二人なら
『ふたり』でいる意味って?

案外、無意味なことなのかもしれない
ふたりがいる意味を考えること
『ふたり』でなきゃいけないわけでもなくて
『独り』が悪いわけでもなくて

「子作りに必要不可欠?。そんな当たり前で下らないことには興味無いよ」

「貴方は何時も、そう言うのよね。やることはやる癖に。生みの苦しみ、一生知らない男だから」
もし、私の心の奥底
たった一つだけ
隠してしまい込んだ
この願い、叶うならば

主よ、あなたを信じてもいい。

いや、それどころか
私の人生の残り、その全てを
あなたヘの純粋なる愛と
厳格なる信仰に捧げてもいい。

だが、主の代弁者を自称する
お節介焼きな預言者達は
こう、悦にいったしたり顔で
いかにも誇らしげに言うのだろう

『主は自らを助けるものを助く』

嗚呼、彼ら偽りの善人どもは
いつになったら気付くのだろう。
どれほど時を重ねれば理解するのだろう。
神は、もう、死んだのだと。

そして、その神殺し
親殺しの原罪を背負う者こそ
人、なのだということを。
神はもはや、偶像以上の価値を持たない。

人は永久に、この救いのない暗闇で
身を寄せ合って生きるしかないのだから。
私の願いは、叶うことなく
心の奥底に葬り去るのだ。

私の愛は、誰にも理解される事なく
ただ暗闇に沈み込む。
主よ、人の望みの喜びを。
我にはただ、静寂を。

一日足りとも思い出さぬ日はない
狂おしいまでのあなたヘの愛を
せめて、今日一日だけ
想うことのない静寂を。