人を愛する。

言葉にすればたったこれだけなわけだけれど、それは『存在』そのものに対する率直な感情であって、『顔』だの『性格』だのという論議は『愛』に対しては不誠実だ。

私には心の底から愛する人がいる。勿論それは一人ではないし、常に身近にいる家族や恋人、友人達だけでもない。

そして何より重要なのは、彼ら彼女らにいかに愛されているかではなく、私にとってその存在を大切に感じているか、貴重でかけがえのないものであるか、ということ。

その中には、私のちっぽけな人生でもう二度と出会い、触れ合うことの出来ない人もいる。

それを悲しいとは思わない。どうしようもなく淋しく、涙にくれることもあるが、出会うことのない人生よりは、よほど幸せに近いことだ。

もっとも、私は醜く欲深い人間だ。どうしようもない感情に囚われ、自身を引き裂きたくなる瞬間もある。

そんな激しい想いの嵐の前に、『軽い恋愛話』など最大風速40㍍の台風に折りたたみ笠で挑むに等しい。

どうせめちゃめちゃになるなら、何も持たず何も飾らず、愛の中に真っ向から飛び込みたい。

言葉は結局、紡げば紡ぐほど『嘘』を運んでしまう。

だから私は、愛という言葉だけは偽らない。

勿論、私の『愛の形』は『私だけ』のものでしかなく、それがあの人に届かなくても、構わない。

それが私の愛の、罪と罰なのだから。
男の「女は顔より性格」発言、どこまで本当?




『好きになる』瞬間、既に容姿や顔、外見的雰囲気に魅了されているんじゃなかろうか?。

そのうえで『顔』か『性格』かと問われたとき、性格と答える男は結局、『顔も性格も』いい女性を潜在的に望んでいるのではないかと、恐らくはマイノリティであろう私の考えを言ってみる。


はっきりいって、好きになる条件に性格をあげるのは『欲張りすぎだ』と、私は思う。

それと同時に人の性格は容姿、特に『表情』に現れると思っている。つまりは『顔』

いい顔をしているというのは『造形美』という意味ではなく、内面的な美しさが表情に現れていること。

だから私は欲張って、いい『顔』と性格の合う女性を好きになります。

勿論、結婚だの何だの細かい前提条件は一切不問で(笑)


やっぱり『美しくあろう』とする女性の、『強さ』と『脆さ』は男にはない、敬意を払うべき属性なのでしょう。





少し、憧れます。私は男ですが。
【男性編】好きなジブリ映画の主題歌(エンディング)ランキング



『好き』などと軽々しく言の葉に上せることすら、おこがましい。

木村弓『いつも何度でも』


数あるジブリ作品の中、『映画館で泣いてしまった』唯一の作品にして『主題歌』

千と千尋の神隠しは、五回ほど映画館に足を運んだ。


心の底から震えが来た。


なぜか涙が溢れ出る。


他に、語るべき言葉を見出だせない。