残された手記 | 子どもたちもお年よりも笑顔あふれる街へ

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森友学園と国有地取り引きをめぐる決済文書改ざん事件で、自殺した近畿財務局職員が残した手記

読んでいて胸がしめつけられます

真相を明らかにしていきましょう

(しんぶん赤旗3月19日付け)

森友事案「すべて本省の指示」

自殺した近畿財務局職員が残した「手記」

2020年3月19日【3面】

発端は「議員等からの要望」

 学校法人「森友学園」との国有地取引をめぐる決裁文書改ざん事件で、自殺した近畿財務局職員が「手記」と「遺書」を残していました。職員を知る同局OBは「非常にまじめな職員だった」と振り返ります。そんな職員がなぜ改ざんを強いられ、追い込まれたのか―。「手記」には、その経緯が克明に記されています。

 (三浦誠、安川崇)

 亡くなった職員は、近畿財務局(近財)管財部で上席国有財産管理官だった赤木俊夫さん=当時(54)=です。2017年2月から国有地売却問題を担当していました。

 「手記」が書かれたのは、18年2月ごろ。当時、国会では森友学園に小学校予定地として国有地を8億円以上も値下げして売却したことが問題になっていました。小学校の名誉校長が安倍晋三首相の妻昭恵氏であり、財務省が首相側の要望で便宜を図ったのではないか―。そんな疑惑が浮上していたのです。

 「事案を長期化・複雑化させているのは、財務省が国会等で真実に反する虚偽の答弁を貫いていることが最大の原因」

 赤木さんは「手記」の冒頭で、そう強調しています。

 発端は17年2月17日の安倍首相答弁でした。「私や妻が(国有地取引に)関与したということになれば、間違いなく総理大臣も国会議員も辞める」と断言しました。

 同22日に財務省は政治家関係者が照会してきた際に残す「応接録」の存在を、国会議員から確認するよう求められます。

 この日、国有財産を管理処分する責任者だった財務省の佐川宣寿(のぶひさ)理財局長が太田充官房総括審議官らとともに、菅義偉官房長官を訪問。昭恵氏付の政府職員から照会があって回答したことを説明しています。

 同24日には、佐川氏が日本共産党の宮本岳志衆院議員(当時)の質問に「交渉記録というのはございませんでした」と答弁。交渉記録を廃棄したと言い始めました。

 「廃棄した」と言い出した背景について赤木さんは、こう指摘しています。

 「『廃棄した』との説明(答弁)は、財務省が判断したことです。その理由は、応接記録は、細かい内容が記されていますので、財務省が学園に特別の厚遇を図ったと思われる、あるいはそのように誤解を与えることを避けるために、当時の佐川局長が判断したものと思われます」「詭弁(きべん)を通り越した虚偽答弁が続けられている」

 この答弁の2日後である同26日の日曜日、赤木さんは上司の統括国有財産管理官から連絡をうけ午後4時半ごろ役所に出勤します。ここで、応接録を改ざんするよう指示を受けました。

 「元は、すべて、佐川理財局長の指示です。局長の指示の内容は、野党に資料を示した際、学園に厚遇したと取られる疑いの箇所はすべて修正するよう指示があったと聞きました」

改ざんに抵抗

 改ざん指示は、これで終わりませんでした。同年3月7日ごろ、改ざん指示が複数回ありました。赤木さんは、これに「相当抵抗しました」といいます。

 近財の管財部長に報告し、当初は改ざんに「応じるな」と指示がきました。ところが、本省の理財局総務課長、国有財産審理室長などから管財部長に直接電話があり、「応じることはやむを得ないとし、美並近畿財務局長に報告したと承知しています」としています。抵抗したのに本省から押しつぶされた、というのです。

 他方、本省からの出向組の中には、「元の調書が書き過ぎているんだよ」と「あっけらかんと修正作業を行い、差し替えを行った」官僚もいました。

 この結果、14件の文書が改ざんされ、うち2件5カ所の文書から昭恵氏の名前が削除されました。なかには小学校用地を視察した際に昭恵氏が「いい土地ですから、前に進めてください」と語ったとされる個所もあります。

嘘を塗り重ね

 改ざんを指示したと名指しされた佐川氏は、国税庁長官に出世しました。赤木さんは「手記」の終わり近くになって、強い憤りを表現するようになります。

 「森友事案は、すべて本省の指示、本省が処理方針を決め、国会対応、検査院対応すべて本省の指示(無責任体質の組織)と本省による対応が社会問題を引き起こし、嘘(うそ)に嘘を塗り重ねるという、通常ではあり得ない対応を本省(佐川)は引き起こしたのです」

 森友学園前理事長の籠池泰典被告=詐欺罪で一審有罪=は、昭恵氏のみならず、自民党国会議員などに国有地取引について働きかけていました。赤木氏は学園との取引は「当初から筋の悪い事案」だった、と振り返っています。

 「本省主導の事案で、課長クラスの幹部レベルで議員等からの要望に応じたことが問題の発端です。いずれにしても、本省がすべて責任を負うべき事案ですが、最後は逃げて、近畿財務局の責任とするのでしょう。怖い無責任な組織です」

 赤木さんは「この事実を知り、抵抗したとはいえ関わった者としての責任をどう取るかずっと考えてきました」と胸の内をこう語ります。

 「謝っても、気が狂うほどの怖さと、辛(つら)さこんな人生って何?」

 そして家族に「迷惑おかけしました」とわび、最後にたった一言こう書き残しました。

 「さようなら」

悔しい 責任は首相に

近畿財務局元同僚 喜多徹信さんの話

 「手記」を残した赤木俊夫さんと一緒に仕事をした近畿財務局元職員の喜多徹信さん(71)に聞きました。

 赤木さんとは、京都府舞鶴市の国有地処分などで現場にいくなど一緒に仕事しました。仕事をきちんとし、上司にもきっちりものをいい、不正義を許さない方でした。

 「手記」は私が関係者に聞いていた話そのままです。読んでいてほんまに悔しくて、悔しくて、涙が出て…。

 「手記」に「筋の悪い事案」とありますが、彼はその尻拭いをさせられた。森友学園との国有地取引は、安倍首相の妻昭恵氏がからんだ特別な事案でした。特別扱いで、国有財産、行政が「私物化」されたことが裏付けられています。昭恵氏の名前こそ書いていませんが、前後を読めば、安倍首相の答弁にあわせて改ざんしたことがよくわかります。

 赤木さんは亡くなったのに、森友疑惑では誰も責任をとっていない。改ざんで処分を受けた当時の理財局総務課長、近畿財務局長、管財部長らはみな出世しています。麻生太郎財務相も辞めていません。本当に歯がゆい。

 何よりも安倍首相が責任をとるべきですし、国会で真実を明らかにしてほしい。