体調不良
昨日から咳と喉の痛みを感じていたので、母の病院にも行かずに静かに過ごしていたものの、
今日はアルバイトしている途中で、腹痛にみまわれ、かなりしんどかったです。
バイト終わりに母の病院に行こうと思っていたのですが、今日も行くのを辞めました。
ちょっとやばいです。
健康保険がないので自分が病院にかかることもできないし…
母の病院に行く交通費を捻出するために、節約を考え、お昼は自宅でパンにハムを挟んだものを持っていったのですが、それにあたってしまったのでしょうか…
もともとお腹は弱く、すぐくだしてしまう方なので、気をつけてはいるのですが…
今も電車に乗ってますが、お腹が痛くなりそうな気配が満載で落ち着きません…
お腹の弱い方なら、この落ち着かない感じ、わかってくださるかな…
母からのメールで、「食欲がなくなってきた」と連絡がきました。
抗がん剤の影響で、食欲不振の後は味覚障害が出てくると思います。
本当は、入院前においしいものを食べに連れていってあげたかったです。
今までの自分なら、何でもご馳走してあげられていたのに…
自分の受けた障害によって、母の生活にまで支障をきたしていることが本当に申し訳ないし、やりきれないです。
今は、自分の未来を思い描くことができません。
母にもしもの事があったら…
私はもう、何のために生きていけばいいのかわかりません。
ブログを書いていればお腹の痛みに対する気を紛らわす事ができると思って書いてますが、やっぱりソワソワしちゃいますね。
あちこち話が飛んでしまいましたが、
とにかく気合いで治します!
ひとりで過ごす時間
毎日バイトしないといけない状況なのですが、母の病院に行くつもりでバイトの予約を入れませんでした。
しかし、昨日から咳と喉の痛みを少し感じており、母に会いに行くのを控えることにしました。
悪性リンパ腫で抗がん剤治療中は感染症に気を付けなくてはなりません。
母だけでなく、他の患者さんにもご迷惑をかけてしまうかもしれません。
このため、完全な休日となってしまいました。
母に会いに行けるようにするためにも、体調は万全にしなくてはなりません。
明日は現場のバイトですが、空調設備がない現場はものすごく寒く、一日中その寒さに耐えながら作業しなくてはなりません。
とにかく今日1日で治したいと思います。
でも、1人でゆっくり過ごすと、色んな事を考えてしまいます。
余計なことまで…
春に引っ越ししているのですが、現実と向き合うこともできず、自分の部屋にある荷物だけは必要な物以外、ほとんどがまだダンボールの中に入っています。
どうしても片付ける気持ちになれなくて…
でも、気持ちを整えるためにも、少し手をつけてみようかと思っています。
こんな風に1人で家で過ごすのはいつぶりなんだろう…
こんな日もあってもいいのかな…
学生時代
中学、高校、大学と進学しました。
母は、繰り返し仕事を変える父からの不安定な収入をやりくりしながら頑張ってくれたのだと思います。
少しずつ物事がわかる年齢になってくると、母も少しずつ父への不満をもらすようになりました。
この頃、きょうだいは学生寮に入っており、大学進学後は通学の関係で祖母の家に住んでいました。
なので、父と母と私の3人暮らしです。
夫婦喧嘩は年々頻度も増し、私は怖くて部屋で耳を塞ぐような日々でした。
母が父への不満をもらすようになり、それを聞かされることで私の父への嫌悪感は「生理的に受け付けない」くらいのところまできました。
なるべく一緒に居たくない、顔を合わせたくないという思いが強く、食事以外は顔を合わせないようにしました。
これは後で母から聞いたことですが、父は一人で何かの代理店などの仕事をしていたものの、収入は安定せず、お金が入ってきた時に不定期にもらっていたのでやりくりがとても大変だったといってました。
また、事業をしていたこともあるようで、その頃は借金の取立てもひどく、私たちに気が付かれないようにするのに必死だったとも言ってました。
大きな病気をしている母を事ある毎に怒鳴りつける父。
見栄っ張りで外面だけがよくて、自分の思い通りにならなければ怒鳴りつける父。
そんな父親が嫌いになりました。
母は「自分に経済力があれば…」と度々もらしていました。
私は母のことをかわいそう、何とかしてあげたいと思う一方で、気が強く、怒ると怒鳴り散らし、頬を引っ叩いてくることから恐怖心を抱いていました。
このため、私には反抗期はなかったと思います。
怒られるのが怖くて、不満に思うことも表に出す事ができませんでした。
家ではこのような生活でしたが、学生生活は普通に過ごしていました。
中学1年の時はいじめに遭うこともありましたが、クラス替えにより新しい友人もでき、楽しく過ごすことができました。
高校は女子校へ進学しました。クラブ活動にも励み、クラスもクラブで沢山の友人と毎日本当に楽しく過ごしました。
大学進学後は遊園地でのアルバイトに夢中になりました。
多くの仲間との出会いがあり、仲間たちと過ごした日々は本当に楽しかったです。
そうした仲間がいたことで、家の中は居心地が悪かったものの、外での生活は充実した毎日を送る事ができました。
大学3年の後半からは就職活動が始まりました。
苦労して大学に入れてもらった以上、絶対に就職して自立できるようになろうと強く思っていました。
そのため、就職活動は必死に頑張りました。
バブルがはじけた後で、就職氷河期と言われる時だったので、就職活動はかなり大変でした。
とにかくまずはひとつでも内定をもらわなくてはと思い、女性を積極採用している企業も探すようにし、何とか内定をいただくことができました。
会社としても大きな会社でした。
入社直前、母は乳がん(右)になりました。
私が入社した時、母は入院してました。
癌はこの時3回目になります。
そして、母は両胸を失うことになりました。