My Album -46ページ目

なかなか上手く伝えられない

自分の事を書くって難しいですね。

なかなか上手く伝えることができないです。

両親の夫婦喧嘩は頻繁で、殺し合いになるんじゃないかと本当に怖くて仕方なかった

怒鳴り散らし、暴力的にも思える父の振る舞い、わがままで横暴な父に対し、心の底から嫌悪感を感じていること

病気と闘いながら子育てをし、横暴な父の振る舞いに耐え、不安定な収入をやり繰りしている母のことを何とか守ってあげたいと思う一方で、
ヒステリックに怒り出すため恐怖を感じていたこと

そのため、自分の話をすることはなくなったこと

会社の人たちや友人たちには恵まれていたので、家の中で過ごすことを最小限にし、
外で過ごす時間を多く作っていたこと

入社当初は苦しかった仕事も、日を重ねるごとにやりがいを感じ、ひとつずつ階段を登って行くことができたこと

ここまでで、書き漏れている事もまだあると思います。

気がついたらまた書いていきます。

そして、ここからがもっと試練が待ち受けてます。

私が全てを失うまでの間、どのように生きていたのか、まだまだ話は続きますが、
私がもしもの事があった時、
ここに書き残しておく事で、誰かが私の人生を知ってくれて、
私自身のことを認めてくれたらいいなと思います。

つまらないかと思いますが、
読んでいただけたら幸いです

社会人になってから

何とか無事に就職し、入社当初は初期研修と母親の入院している病院との往復の毎日を過ごしていました。

入社間もなく母は無事に退院し、元の生活がまた始まりました。

夫婦喧嘩は相変わらずでしたが、私も自分でお給料をもらうようになり、父親と顔を合わすのが嫌だったので、夜は会社の同期と毎日食事し、遅い時間に帰るようになりました。

週末も何かにつけて用事を作り、家にいる時間をなるべく作らないようにしていました。

仕事は営業職で、なかなか結果が出せず苦労しました。
あまりにも辛かったので、「辞めたい」ともらしたこともありました。
その時母は、「どんな仕事でも大変なのは変わらない。あきらめずに続けることが大事だ」と言いました。
ただ、「何が辛いのか」という理由は一切聞かれることはありませんでした。
父は、「大きい会社なのにもったいない」と言い、精神的に参っている私のことなど気にせず、「大きな会社」ということだけで反対し、うけとめてくれませんでした。

そうなんです。
何も話を聞いてくれないんです。

普通の家庭なら、「今日はどうだった?」「最近どう?」「仕事はうまくいってる?」「彼氏はいるの?」など、普通に会話するものだと思うのですが、
思い返せば、そういった事も何も聞かれることはありませんでした。
そうしたことで、いつの頃からか、私も自分の話を家族にすることはなくなりました。


仕事は本当に苦しかったです。
でも、早く自立して自分ひとりで生活できるようになろうという想いが日々強くなっていきました。

必死に頑張りました。
初めて契約をいただいた時の感動は今でも忘れられません。
自分を認めてくれて、契約してくれたお客様のために頑張ろう、
そう思って頑張っていくことが出来る様になりました。

また、会社の同期や先輩にはとても恵まれていました。
そのため、辛くても何とか頑張ることができました。
そして、お客さまも少しずつ増やしていくことができ、入社2年目以降はそれなりの成績を出していくこともできるようになりました。

そして、入社4年目以降は新入社員の育成など、初期育成や教育などに関わる職務に就くようになりました。

仕事はひとつひとつ階段を登ることができました。

ただ、家の方は、相変わらずの怒鳴り合いの夫婦喧嘩、会話のない生活が続いていました…

私の育った環境について

自分のこれまでに育ってきた状況について、学生時代までお話してきましたが、社会人以降のお話をまだ綴れていませんでした。
また少しずつ書いていきますので、よろしくお願いします。

この私の育った環境が、私が騙されてしまった…
相手を信じてしまった要因になっていると思います。

これまでのことは、




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