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もし願いが3つ叶うなら

母を心身ともに健康な状態にしてあげてほしい

私の人生全てを奪った相手を法の下で必ず裁いてほしい

私を消して、無にしてほしい

恨みをかうこと②

母の被害妄想と人格が変わるほど激昂する症状が出始めてから3年

電話相談ではまともに取り合ってくれなかった役所の精神保健センターへ会社を休んでいくことにした。

すると、精神科医と相談できる日があると言われ、日を改めて、面談することができた。
精神科医は、うちの病院で治療できると言ってくれ、本人を説得できないのであれば、役所で一緒に説得してくれる支援を受けられるから、役所で相談してみてはとアドバイスしてくれた。

後日、役所に相談にいき、一緒に母を説得してもらう支援を受けることになった。

恨みをかうこと

母は、4年ほど前に、統合失調症で入院しました。

7年ほど前から、被害妄想が出て、霊がのりうつったように、鬼に変わったかのごとく激昂するなどの症状が出始めました。
初めのころは、母の「付け狙われている」とか、「尾行されている」などの発言も、何かの嫌がらせに遭っているのではと心配し、興信所の調査を頼んだり、警察へ相談したりもした。

しかし、次第にその発言がどんどんおかしくなってきて、もしかして、精神疾患ではないかと思うようになった。

母に病院に行ってみようと話したが、
「私は病気じゃない」「命を狙っている奴らが、精神疾患に仕立て上げようとしている」「お前がその組織の人間だろ」などと言い、
本人を説得する事ができなかった。

母は、自分が精神疾患にかかっているとは受け入れなかった。

何とか治療をしてもらおうと、診療内科に相談に行ったり、電話をかけたりしたが、
「老年期の妄想障害の可能性はあるが、本人を連れてこないと薬は処方できない」などと言われ、結果、母を治療に向き合ってもらうことができなかった。

そうしている間に症状はさらにエスカレートし、被害妄想は強くなり、激昂した時の言動は激しくなり、心がおかしくなりそうなほどの言葉を何度も何度も言われ、攻撃された。

家にいることもできなくなり、激昂している間は、ビジネスホテルやネットカフェに避難した。
それでも母は、メールや電話を絶え間なくしてきて、私を罵倒し続けた

そんな状況が3年ほど続いた
きょうだいは話は聞いてくれるが、何もしてくれなかった。
私は、何とかして母を助けなくてはならないと思い、あちこち調べて連絡したりした。