大島です。読んでみて、久しぶりに言葉にならない興奮と感動を覚えました。それを誰かと分かち合いたい。そう思わせる本でした。

ジャンル的には経営論、製品開発、商品開発ですが、そうそういう枠を飛び越えています。製品開発、市場についての考え方を深めていって、人類学や認識論の領域に入ってしまいます。この本が素晴らしいのは、そういう視野の広さもあるけど、新しい考え方を説明するのに、難しい言葉や概念を極力避けて、できるだけ身近な言葉や例え話で語ろうとする“身振り”。だから「余談が多い」。大事なことだからどうしても伝えたい、多分それが自分たちの未来につながる。そんな書き手の気持ちが感じられました。

以下、個人的なトピックです。

・「コモディティ化」。初めてこの言葉を知りました。僕がきずなメールの仕事を始める前に、まず避けたいと思ったのがこれだとわかりました。先進国の産業社会は、加速度的なコモディティ化の道をたどっています。この先にあるのは、最後は資本力しかないように感じて、あまり希望のない未来です。
・「問題の開発」。著者は、商品・サービスを作る前に、それが必要となる「問題の開発が優先する」といいます。実際にやることは「新しい文化の創造」「生活のリ・デザイン」と同義と。刺激的です。
・「商品が必要だから市場できる」のではなくて「商品ができたから市場ができる」のは、ある哲学者の知見です。前者の考え方だと、どうしても「事前決定論的」に「必要なもの」を探すことになりますが、探しても出て来ません。なぜなら実際は「こんなもの作っちゃいました」というあとに「市場」ができるから。同書にも多数例が出ていますが、これは「頑張れば市場は自分たちで作れる可能性がある」という希望に満ちた考え方です。
・いやそれほど簡単ではないか。歴史とか時代の流れもあって、事後的に出来上がる、といほうが正確でしょうか。
・今書いていて思い出しました。「必要でもないのに大きな市場ができた」ものの最大の例が、現代美術の市場。「必要のないものに、ものすごい値段がつく」世界。
・同書には「トートロジー」(同語反復/同一律ともいます)という言葉も何度か出てきます。認識論では欠かせない用語ですが、現代美術をほぼ終わらせたマルセル・デュシャンは「世界はトートロジーしかない」といって美術界を去ったと記憶しています。

・P295の一文はそのまま引用。脳性まひの障害者が座る姿勢を研究している研究者が、「座るとはどういうことか」を問い直して「第3のカーブ」を発見し、そのデータを企業の商品開発に提供した動機について語った下り。

「…脳性まひを患って、人生のほとんどの時間を車椅子の上で寝たきりの姿勢で過ごす、そういう人たちを見て、多くの健常者は、この人たちの人生に何か意味があるんだろうか、と考えるかもしれない。しかし、この椅子の開発の例のように、障害者の人生も、違う立場の人たちにとって何か役に立つことがある。だから、たとえ寝たきりでも、どんな人生にも、そこには厳然たる意味がある。そう思っているし、それを社会に伝えたかったのです  この言葉を伺って、私はとても腑に落ちました。新しい価値を開発するために、社会に目を向け、観察を働かせる、そのとき必要となるのは、どんな観察対象からもも何かしらの洞察をくみ取ろうという姿勢であり、その基盤には、「どんな人生にも意味がある」という意識、この感覚ではないかと思うのです。

著者はこれ「弱さの可能性」いいます。そう思います。これからの企業は、こうじゃないと生き残っていけないと思うし、そういう社会であってほしいです。

・P317「商品の対世間整合性の改善」。新しい商品の市場ができる時、消費者も、社会そのものも、それに合わせて変化する=習慣・文化が変わる。
・この話で、「味が決まってくる」という内田百閒の蕎麦のエピソードを思い出しました。引っ越したら近所に、旨くもないが不味くもいな蕎麦屋がある。近くて手軽だからとなんとなく食べ続けていると、「体の方がその蕎麦を食べるようにセッティングされていく」=「味が決まってきて、やめられなくなる」。美味しくもない蕎麦に舌や体のほうが「最適化」して、やがてその蕎麦が「美味しいもの」として待ち焦がれるようになる。

・名前がないもの=まだ認知が確定していなもについて触れる、考えることの重要性。名前がある=概念があるということですから、本当に「新しい」=まだ誰も見たことがない商品・サービスには、まだ「名前がない」はず。
・でも「名前がないものについて考える」という行為を、企業の商品開発とかで定型化、コード化するのは難しいのではないかと。企業は「費用対効果が測れるもの」にしかリソースを割かない本能があるから。どういうフィードバックがあるかわからない、費用対効果がよめない「名前がないものについて考える」ことは、生活者や芸術家、哲学者の視点で、企業社会の真逆にあるものではないかと。
・それでも著者は、「まだ名前がないものについて考える」という視点、その重要性を繰り返し説きます。それは、同書を読むのが企業の経営に関わる立場の人々で、そういう人がこれからの日本の将来を担うからだと感じました。

このエントリをアップする前に著者のツィッターを見たら、こんなツィートが。

@58hiro そして「優しさ」の重要性。なかなか定量化しづらいですが、実務家の方へのインタビューで、確かにそれを感じたのです。問題解決プロセスは頭のいい人が有利かも知れないけれど、そもそもの問題設定は、新しい理想を掲げる方が向いていて、煎じ詰めれば、他者の傷みを感じられる方。
https://twitter.com/hidemichimiyake/status/271171707040063488

ここで示されているこれからの企業のありようは、希望があります。ぜひ皆さん、読んでみてください!