大島です。「きずなメール石巻版」の実現にご尽力いただいた太田寛先生から、被災地妊産婦支援のためにメールマガジンを立ち上げた経緯をまとめたレポートを提供をしていただきました。先生の許可を得て、その全文を掲載いたします。
 
震災直後の妊産婦さんの置かれた状況や情報の届き方がリアルにわかる、貴重な資料です。皆さんぜひご一読ください。
 
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石巻赤十字病院メールマガジン構築の経緯とその発展 
~災害時の情報伝達手段として、平時からの妊産婦連絡網の整備について~

 
 
はじめに
 
東日本大震災で明らかになったこと、それは情報があるかないかということが、命が助かるかどうかの分かれ道になってしまうということ。テレビやインターネットが使えない中で、いかにして多くの人に必要な情報を流すかということが災害対策として非常に重要であることが、あらためて明らかになった。
 
また、災害直後の重要な情報の多くは避難所にて伝達されることが多い。それは避難所の放送だったり、掲示板だったりする。その中にあって、妊産婦、および小さな子供のいる親たちは、ある程度移動することができるために、避難所などに留まることが少なく、遠方の親戚の家に避難したり、被災した自宅に戻ったりすることが多い。そのため、災害弱者として最初にケアを受けるべき対象でありながら、情報が届かず必要な支援を受けられない状況が起こる。妊産婦や小さな子供のいる親に必要な情報がしっかりと届くようなシステムを構築することは、発災後の被害を少なくするためにとても重要である。
 
今回、石巻地区の妊産婦支援の1つとして、携帯電話のメーリングリストによる情報配信を行なった。この石巻での経験をシェアして、今後の災害への対応策の1つとして、携帯電話のメーリングリストの活用を整備していくことが必要と考える。
 
石巻赤十字病院 妊産婦向け災害情報メールマガジン構築
 
1.発災後 1ヶ月後の石巻の妊産婦の状況は
私が石巻入りしたのは発災後約1ヶ月が経過した4月14日だった。妊産婦支援を目指して行ったのだが、避難所にはほとんど妊婦はいなかった。被災した自宅にいるのかとも思ったが、アクセスする手段もなく、その存在を調べることも出来なかった。(半年後に当時のことを聞いたが、内陸の親戚のところに避難していた人が多いようだった)また、基幹病院の石巻赤十字病院には日本産科婦人科学会から支援医師が来ており、人手は不足しておらず、産婦人科開業医が4件ほどあったが、被災のために休診中か、もしくは、ようやく再開できても患者が来ないという状況にあり、やはり支援は不要という状況だった。
 
2.被災した妊産婦の情報不足の解消のために
妊産婦向けには直接の支援ができないと認識した時点で考えたのが、情報不足の解消をどうにかしないといけないということだった。石巻市役所からは様々な情報が発信されていたが、避難所の掲示やチラシだったり、ホームページでのお知らせだったりと、パソコンを持っていなかったり、避難所に長く滞在しない妊産婦には、情報が届きにくい状況だった。また、被災地から車で30分も走れば普通の生活ができるようになっていたが、仮設住宅の募集などの情報の少なくなることを考えると、避難所を離れて遠くに避難することには躊躇があるだろうと考えた。
 
よって、被災現地に留まるにしても、一時的に遠隔地に避難するにしても情報提供が一つの大きな鍵になると考え、その解決法として携帯電話に対するメールマガジンの配信をすることを思いついた。自分の滞在期間が限られているため、数日以内にシステムを構築する必要があり、その日から行動を開始した。
 
3.石巻赤十字病院 産婦人科および事務部門との合意形成(金~土曜日)
石巻赤十字病院の産婦人科部長の千坂医師とまずコンタクトを取った。震災前の石巻地区では月に150件の分娩があり、赤十字病院では50件の分娩を受け持ち、残りは開業医で分娩していた。震災後は、石巻赤十字病院しか分娩施設はなくなり、この地域のすべての分娩を引き受ける状況となり、月に100件のペースとのことであった。赤十字病院の外来/病棟の手伝いも申し出たが、やはり現在のところ不要とのことであった。そこで、メールマガジンの提案をしたところ、危機管理のためにも必要であると同意していただいた。
 
ポイントとしては、いまだに余震が続いており、再び通信手段が途絶する可能性もあったため、情報提供の手段を複数確保することが重要であるということ、および、産婦人科の状況も日々変化するため、開業医の再開の状況や赤十字病院の状態などの最新の情報を、メールマガジンにより配信することは重要であることなどであった。また、すぐに病院上層部説明させていただき、石巻赤十字病院としてのメールマガジンの発行を承認していただいた。
 
4.メールマガジン立ち上げ作業(土~日曜)
実際のシステム構築に関しては、津波の影響のためにインターネットの環境の良くない石巻で作業を行う必要はなく、東京のPCAT(日本プライマリ・ケア連合学会 東日本大震災支援プロジェクト)本部で行うことにした。最初の登録時の個人情報の登録内容はどうするのか、被災地の方々が簡単に登録するための方法などについて電話で打ち合せて、実際の作業は東京で行なうこととした。
 
5.メールマガジンのシステムの構築(日~月曜)
システムの構築に関しては、PCAT東京本部で主にインターネット関連の仕事を引き受けていてくれた医学生の鷺坂さんに依頼した。まず、メールマガジンのサービスを行なっている会社に被災地支援としてサービスの無料提供を依頼し、ブレイン株式会社(担当 岡村庄治さん)に提供していただくことができた。
 
登録に関しては、石巻赤十字病院の産婦人科外来で渡すチラシを作成し、そこに印刷されたQRコードを読み込むだけでサイトに接続できるようにした。さらに、初回登録時の個人データ入力は、手間をなるべく省くことが重要と考え、メールアドレスのみでも登録可能とした。年齢や予定日などの入力欄は必須項目とせずに自由入力としたが、登録後の状況を見ると、結果的にはほとんどの方が入力してくれていた。
 
6.産婦人科外来で配布するチラシの作成、印刷(日~月曜)
メールマガジンの目的を伝え、登録をしていただくために、石巻赤十字病院の産婦人科外来にちらしを置いていただくことにした。右のようなチラシを東京で作成して、そのデータを送ってもらった。QRコードを読み込むことで、登録サイトへつながるためアドレスの入力は不要となっている。形式的にはメールマガジンの発行は石巻赤十字病院が行い、PCATがそれを手伝うという形にしたが、石巻赤十字病院に負担をかけないために、実際にはすべての作業はPCATが行い、内容について産婦人科部長の千坂先生の承認をいただいた後に、メールマガジンとして配信するという形にした。
 
7.チラシの印刷、メールマガジンの承認の確認(月曜)
月曜日には私が石巻を離れることになっていたため、当日朝までかかって作成したチラシを持参して、石巻赤十字病院を訪問した。千坂先生および事務方にその内容を見てもらい、多少の修正を行った後、病院の事務部門に印刷してもらった。追加が必要な場合に、石巻赤十字病院で印刷できるようにデータも渡した。さらに、私自身の携帯電話を使ってメールマガジンに登録して、配信が可能であることを確認した。その後、産婦人科外来に挨拶に行き、外来の助産師にもチラシの配布を依頼した。
 
8.メールマガジンの内容作成
メールマガジンは当初は週に2回くらいの配信とした。内容は、はじめにトピックや季節の挨拶などを書き、石巻市役所のホームページから妊産婦に役立つような情報、被災地支援のNPOの支援の状況などを集めて配信した。
 
今回のメールマガジンの特徴は以下のとおりである。
 
携帯電話メールマガジンの利点
 
携帯電話のメールマガジンの有利な点を挙げる。全体としては、ほとんどすべての妊産婦が常に携帯している情報ツールであるという点が、他の情報提供手段に比較すると、圧倒的な利点となっている。
 
1.みんなが携帯している
現代では、妊産婦および乳幼児の親であれば、ほとんどすべての人が携帯電話を持っている。また、外出時であっても、避難の時でも、携帯している可能性が高い。よって、突然の災害の発生時でも、情報を提供する手段となりうる。
 
2.被災者が行動を起こさなくても情報提供できる
被災直後では、自分に必要な情報がどんなものであるのか、どこに逃げたら避難所があるかなどについて、冷静に判断することは難しいと考えられる。必要な情報を自らが行動して手に入れるような精神状態ではないこともありうる。情報を受ける側が行動するのではなく、提供側が半ば強制的に情報を提供する方法をプッシュ型という。携帯メールマガジンであれば、重要な情報を強制的に発信することができるため、思考停止の状況にある被災者であっても、情報を送ることができる。
 
3.全国どこに避難しても情報が手に入る
被災地はライフラインが途絶していたりして、きれいな水や十分な栄養が必要な、妊婦や乳幼児は、すぐにでも被災地を離れて安全な場所に避難するべきである。しかし、被災地を離れることによって、地元の情報が手に入らないという事が起こりうる。そのため、避難が可能であるにもかかわらず、安全ではない被災地に留まる可能性がある。しかし、携帯メーリングリストによる情報発信により、地元の情報がリアルタイムで手に入るという安心感があれば、一時的に安全な遠隔地に避難することに対する抵抗が減ると考えられる。
 
4.通信インフラに対して負荷が少ない
電話による通話と比較して、メールは通信インフラの占有量が低いため、医療支援チームや自衛隊などの救援活動に必要な通信インフラを圧迫する可能性が低い。また、同様の理由で、通信の制限を受ける可能性も低いため、多くの人に情報をリアルタイムで伝えることができる。
 
5.双方向の情報のやり取りも可能
被災者からの情報発信の手段としても携帯メーリングリストは有効である。情報の整理は必要であるが、被災者自身が現在の状況や、必要な物資、不安な気持ちなどを発信することができれば、支援の体制を考えるときの重要な情報となる。今回は諸事情により、対応出来なかった。今後はこの部分を充実させることが重要である。
 
6.通常時の情報提供手段から、瞬時に非常時体制に変更できる
平常時から地域や病院の情報を携帯メーリングリストにより発信する体制をとっておくことは、自治体や病院のサービスとして効果的である。継続的にアドレスを登録する必要からも、平時から有用な情報を発信しておくシステムにすることの意味は大きい。そして、いざ災害が起こったときには、そのまま災害情報の発信ができるため、災害の時だけしか稼働しないシステムと比較して、信頼度が高いと考える。
 
石巻赤十字病院では、発災後8ヶ月経過した時点から平常時のメールマガジンに移行した。このメールマガジンは病院の通常のサービスとして継続し、再び災害が起こったときのために備えるものとなっている。
 
携帯メーリングリストの課題
 
課題としては事前に登録してもらう必要があることである。災害が起こってからの登録では、初期の情報提供ができず、またメールマガジンを周知するためには、チラシの配布などの従来型の情報提供が必要となり、せっかくの機動性が半減してしまう。これについては、前項の6に示したように、平常時に産院や自治体が行うメルマガとして運営しておいて、発災後に切り替える形にすることで解決できる。
 
現在、石巻では「きずなメール」というNPOの運営するメールマガジンのシステムに移行しつつある。これは、平常時における妊婦向けのサービスであり、赤ちゃんの一般的な状況について毎日メールが届くサービスである。その日の妊娠週数にあわせて、赤ちゃんの体重や成長の度合い、生活の注意点などを配信してくれる。夫婦の会話のネタになったり、赤ちゃんへの思いをつないだり、それらの効果により産後うつの発生の予防などを目指したシステムである。このような、メールマガジンを平常時のサービスとして提供しつつ、いつか発生する災害に備えるシステムを構築していくことを考えている。
 
おわりに
 
未曾有の大災害となった今回の教訓として、今後の災害に対して何ができるか。多くの提案の中で、すでに必要なハードが揃っているシステムとして、メールマガジンの配信は安価に導入が可能なシステムである。今後、全国の自治体、病院、産院がこのようなシステムを平常時から導入して、災害時の情報弱者を生み出さないようにすることが重要である。
これからも石巻赤十字病院のメールマガジン配信を継続して、問題点を見つけて改善を行なっていく。将来的には、このシステムを全国の自治体や病院に広げていけるものとしたい。
 

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【執筆】太田 寛 先生 
産婦人科専門医、北里大学医学部公衆衛生学 助教。
1989年京都大学工学部電気工学科卒業後、日本航空株式会社羽田整備工場に勤務。2000年東京医科歯科大学卒業。茅ヶ崎徳洲会総合病院産婦人科、日本赤十字社医療センター産婦人科勤務を経て、現在は北里大学医学部に勤務。平成21年度厚労科研費補助金「新型インフルエンザ対策(A/H1N1)妊娠中や授乳中の人へ」パンフレット作成委員。日本医師会認定産業医、日本産科婦人科学会専門医。

goo ヘルスケアで「二人のための「イクメン」大作戦」連載中
http://health.goo.ne.jp/column/healthy/h002/0164.html