集団寮には下は15歳から上は18歳の人がいて 窃盗・傷害・暴走で入ってきた人がほとんどだった

又 全体の7割位の人は入れ墨や根性ヤキなどが入っており 5・6割の人が少年院二回目と言う人だった

少年院には階級と言うものがあり 少年院での生活態度などが毎月一回A~Eに成績(通知表の様な物)評価されるのだが C評価以上だと階級が上がり それ以下の評価だと階級は変わらず出院する期間が伸びると言う仕組みになっている

ちなみに俺の入った少年院の階級は

二級下(三週間)

二級上(四ヶ月)

一級下(四ヶ月)

一級上(三ヶ月)

仮退院(保護観察)

と言う感じだ

俺の入った少年院では
会話(私語)絶対禁止・にやける事禁止など決まりが何⑩個もあり一度にやけただけでも期間が伸びてしまう

トイレや水を飲む時も
わざわざ先生の所に行き
「失礼します。トイレに行っても宜しいでしょうか?」と言い先生が良いよと言ったら「ありがとうございます。失礼しました」と言わなければならない

又規則を破ると独房に連れて行かれ最低1ヶ月長い人だと半年間は独房で反省する事になる


集団寮に行ってからは
上級生の内田と言う人が俺に色々教えてくれた

この内田と言う人は娑婆に居るときの俺を知ってるらしく
中学の時ブレザーじゃなくてボンタン履いてたよね?などと色々聞いてきた

そして集団寮の個室に荷物を置いて食事の時間になりみんなの前で挨拶をする事になった

今日から一緒に生活する江田(コウダ) 輝月(キヅキ)ですと言った

その後食事を食べたが
みんなが俺の事を必要以上に見てくる

江田君!食器の音がうるさいです
江田君!食べ方が汚いです
江田君!姿勢が悪いです

など周りにもっと酷い食事の仕方をしている人が居るにも関わらず俺だけ凄い指摘された

食事後も集中豪雨の様に嫌みなどを言われた

内田だけではなく
俺より上級生の人はみんな
やる気あるんですか?
ガン飛ばさないでください!
腰パンしないで下さい!
何で出来ないんですか?一回で理解して下さい

と散々いわれ
他の人も江田君が…と内田や先生にチクリを入れまくっていた

これがいわゆる少年院のイジメの様な物だと思った

だが少年院の中に友達や知り合いが沢山いた為そう言った面では良かった
そしていきなり少年院でみんなに吊し上げられた状態で俺の集団生活が始まった。
だがその抵抗も虚しく終わり俺は真っ昼間の駅前の繁華街で人が何十人も集まって見ている中で公開逮捕となった

そして窃盗二件で逮捕され取り調べとなったが
盗んだ物を売っていた為詐欺罪にもなった

取り調べが終わり留置場生活になったが
別件の窃盗・バイク窃盗が四件バレ再逮捕となった
そしてパトカーの逃走もバレた


取り調べが多かったからか1ヶ月程留置場に入れられ
その後鑑別所に移され1ヶ月審判となった

鑑別所に入る前から少年院送致が決まっていたので結果は言われなくても分かっていた

審判の結果
窃盗六件・詐欺一件・逃走で
中等少年院送致 長期処遇 と言い渡された

この時の俺は16歳だった

泣き出しそうな気持ちになったは最初の10分位だけで
帰りの護送車の中では
もうどうでもいいと言う感じになっていた

次の日 護送車で何時間もかけて俺の行く少年院に向かった

少年院に着いてからは
新入生が入る独房へと連れて行かれた

この少年院は1寮から6寮まであり 1寮2寮が独房で後の寮は集団寮である

まずは髪を坊主にされ風呂に入った
風呂は前回入った人のアカなどが大量に浮いていてとても入る気にならならず入らなかった

独房に戻っても集団寮に移るまでの一週間はひたすら作文を書いた
と言うより作文しかやることが無かった

俺は一週間で60枚程作文を書かされた

俺がその間気になっていたのは母親の事だった

母親は俺が少年院に行く一年程前に末期癌が判明し 余命7ヶ月と言われていた
もう余命を過ぎていたのでいつ母親が死ぬかと気がかりだった

独房の一週間では少年院に来たことをあまり後悔せず
面倒くさいと思ったり
逆に少年院に来たことで娑婆に出たときハクがつくぜと思っていた

そして集団寮に移動する事となり俺は独房を出た

100人位の集団が番号を取り 号令と同時にみんなが良く言う まさに北朝鮮並みの行進で軍歌に合わせて移動していた

そして俺の集団寮への編入式が終わり
晴れて俺は集団寮へ移動する事になった

そして俺の集団寮生活が始まった
非行 少年院 現在-100726_0951~010001.jpg

後少年院と言う事もあるのでせっかくなんで俺の年少リングの写メを載せときます(^_^;)
更生する気のないまま審判日を迎えた

俺は教官から このまま行くと60%位の確率で一発で少年院送致になるかもと言われたので

審判の直前まで更生する気も無かったが審判が始まると同時に

社会にでて頑張りたいなど嘘で押し通した

社会に出ても再犯の可能性が高いから
地元には戻さない
戻りたいなら環境の整った場所で新しく生活しろと言われ

一回目と言うこともあり
出所後の帰住先を変えると言う条件で保護観察処分で出所した

そして俺は埼玉県川越市の親戚の所に帰る事になった

鑑別所を出所した家の帰り道

出所したと友達や彼女に連絡しながら家に帰っていた 家の帰り道に洋服屋があり
川越の親戚(引き取り人)と服屋にはいり
気に入った洋服上下とサングラスを持って試着室に入り親戚にバレないように洋服とサングラスをパクった

そう 俺は鑑別所を出たその日に再犯をしたのだ

そして鑑別所から家に帰ってからは
東京の彼女や友達を家に呼び遊び呆けた

そして俺は鑑別を出所した1週間後にまた家出をし

東京で毎日窃盗・詐欺生活をし
喧嘩を売ったり
働かずに盗んだ物を質屋で売って金を手にしてた

鑑別所を出て 保護司の所に一度も行かず 家出と再犯をしていた結果

保護観察所の審査会議により
愚罪として長期の少年院に送致すると言う結果が出た

どうせ少年院に行くならとそのまま家出と犯罪の生活を続けていた

警察に補導されても偽名を使っていたが

とうとう窃盗の現行犯で捕まり警察署に連行された

捕まって溜まるかと思い
警察署に連行されパトカーを降りた瞬間
死に物狂いで走って逃げた
そしてパトカーが入れない道や畑などを通り見事逃亡に成功した

偽名を使い少年院送致が決まったにも関わらずさらにやることがエスカレートしていく俺は

毎日警察に捜され

逆探知をされては逃げていた
そしと特別処置になり
俺一つの為にパトカー5台とヘリコプター一台が出動した

それでも逃げ切っていたが
ある日の昼いつもの様に詐欺で金を稼ごうと思い
金目の物を104品程盗んだ
これで当分生活出来ると浮かれていたその時

ヤン服を来て繁華街に居たからか急に警察に職務質問をされた

逃げようとしたが妊娠した彼女がいた為置いて見捨てて行くことが出来ず
勝手に鞄を開けられ
盗んだ物が大量に見つかり警察署に連行される事になった

だが俺は捕まる物かと最後の最後まで必死に抵抗した。