社会の背景や人の生活の仕方の変化も大きいと思う。
隣人との関係、親子の関係など。
簡単に言ったら人情味があったよね昔はもっと。それが今ではネットの普及と共に人々の発言権が強くなって世論の偏りも感じる。言わばネット慣れした者の世論。世に出てくる意見の大半はネットなわけで、いかにもーな正解を求めそれを規律とするような社会になってきている。
昨今のニュースなんかでもそう。人の心情、心理まで想定できずに正論ふりかざして何かを叩くような風潮があり、それを刷り込まれていく視聴者。。。
なにが言いたいのかというとここからが本題となる認知症の捉え方に繋がる。
健康を考えた番組など、良いとは思うが参考こそすれ鵜呑みに信じてこうなったとかは本人責任だ。まあそこでも今ではだいたい番組に責任押し付けるんだろうが。
それはいいとして、そんな風にして一般市民が半端に医学とか知るようになり、あたかもその考えが合ってるかのような風潮がある。
そのような中で取り上げられる認知症。
果たしてどのくらいちゃんとしたことが伝わっているのか…
短期記憶の欠落とかそんな、文章覚えて答えました的なものではなくこれは、大きく分けたら精神の動きによる様々な問題。恐らくこれがしっくりくる。
認知症のなり始めは物忘れの延長のようなものから始まり、次第に症状が進むことの多い脳の病気。病気というと語弊があるかもしれないが、この方が伝わりやすいと思う。
進むことの多い、とあえて書いたのは対応次第では変な進化の仕方をしなくても済むと考えているからだ。
よく、こんなことを書いてると、根拠は?とかどれだけ症例見てきたの?とか、それこそ白黒つけたがる奴がネットには多いがそんなのはどうでもよくて、実際対峙する家族にとってどれだけ参考になるのかが大事なわけで頭の良さとかそんなものはなんの役にも立たない。
そんな考えを持つ俺が見てきた認知症の人達。
その人たちを思い浮かべながら書いていく。