バトントワーリングのために綴っておきたいブログ -5ページ目

バトントワーリングのために綴っておきたいブログ

バトントワーリングの普及、発展を目指したブログです。哲学、芸術学、教育学、歴史学の観点からバトンを考察していく予定です。更新は不定期。コメントはツイッターの方にお願い致します。

こんばんは、皆さんお疲れ様です。


昨日に修士論文の面談がありましたので
そこで得られた視点を
メモ書きしておこうと思います



「想定される身体」の続きに関しては
また近いうちに書きます、頭痛いけど。笑



タイトルにもあるように
「時差性」という考え方があります


少なくともぼくは今日まで
この概念について考えてもみませんでした…


もっと身近な言葉で言えば「ズレ」です


芸術とは何か、を考えた時に
同然ですが議論は膨大化します


現代アートの出現により
芸術の概念は根底から覆されました


例えば、デュシャンの『泉』という作品


男性用小便器に署名したものですが、
ただの便器でしかありません。

なかなかこれを芸術とは言い難い。



また、『4分33秒』という曲


これまた4分33秒「無音」が続くという
芸術界に革命を起こした作品




さて、先程の「時差性」とどう繋がるか。



芸術スポーツは名前の通り
身体を通じて「芸術」を
表現しようと試みるスポーツ
だったと思います、もともとは!
もともとは!っていうのが結構重要かなって
個人的には思ってます。
あと、芸術スポーツの定義って
存在していないと思うので
このブログでは勝手に
上記のように定義しときます



「芸術」と言われているものには
音楽や絵画、文学、彫刻等さまざまです



我々の行なうバトンはもちろん、
新体操やフィギュアは少なくとも
何か「芸術」的なものを表現しようとします



この音楽をこう解釈してこう踊りたい!
あの絵画の世界を表現したい!
好きな文学作品を身体で表現してみたい!
舞踊やダンスの身体表現を取り入れたい!


このように「芸術」領域にある作品を
スポーツ、競技として表現しようとします



ただし、先程の現代アートを
思い出してみてください



『泉』や『4分33秒』といった作品を
我々は芸術スポーツのなかで
実演することが可能でしょうか



便器を想定した表現、作品
4分33秒無音で動かず立ち止まったまま



おそらく競技の規範からかけ離れているため
審査の視点から見れば点数になりにくいですね
※流石に一曲微動だにしなかったら点は頂けないでしょう





ここから分かるように
芸術スポーツにおいて表現する内容は
一般的に現代的なものは少なかったわけです


※近年、映画やゲーム、ポップスなど現代に生まれた作品を表現しようとするほうが多くなっていますが、先程挙げた異色な現代アートとは異なるので例外とします。芸術スポーツも過去数十年に比べて大きく傾向が変わっているのも事実です




ふう、疲れた。笑
一番言いたいことを言いますね


もともと芸術スポーツが何かしらの
「芸術」という概念を身体を通じて
表現しようとしていたのであれば、
現代における芸術ではなく、


それ以前の
「失われた」「捨てられた」芸術に回顧し
それらを表現しようとしている
※ここに「失われた」「捨てられた」芸術という表現は優劣を表すものではありません


冒頭で述べた「ズレ」はこのことです
同時代的な芸術を模倣しようとしないのが
芸術スポーツなのです、たぶん



何度も言いますが現在は傾向が変わりつつあるので一概には言えません



ですが、「同時代的ではない」という考え方が
私にとって非常に興味深いものであったので
今回はここにメモ書きとして残しておきます


次なる課題は現在の芸術スポーツにおける
傾向変化のプロセスについてですね。


直接的な貢献にはなり得ないかもしれませんが、芸術スポーツの研究や資料が少ないなかで、未来の助けになれることを信じまた研究がんばります。



私事ですが幼馴染と久々にカラオケオールして
むっちゃくちゃ眠いです。笑


オール明けブログでした。
今日はこれにて。