このブログは
『慢性活動性EBウイルス感染症(CAEBV)』
で、たった3ヶ月の闘病で亡くなった息子(27歳)の記録です。
H29年2月22日...④
先生...
こんな状態で
本当に移植して大丈夫ですか...?
私には前処置でさえ耐えられないような
そんな不安でいっぱいです...。
口にするのも苦しく辛い
そんな私の気持ちを
絞り出すように言葉にした。
『厳しいかもしれません』
先生の言葉に愕然とした...。
実際のところ
まさに先生も迷っていた様子でした。
翔平と、そして
家族と先生、みんなで考えて出した答えが
【造血幹細胞移植】
特に翔平の
元気になりたい!
という、強い気持ちを一番に思ってのこと...
出来る事ならば
ドナーとなるお父さんの強い細胞を移植してやりたい!
でも、
どんどん衰弱していく様を目の当たりにし
不安だけが募っていったのです。
お母さんの気持ちはわかりました。
私とお母さんだけではなく
お父さんや弟さんも一緒に話しましょう。
そう先生から言われ
翌日みんなで話し合いをする事になりました。
家族の誰にも言わず
私が勝手に
自分の胸の内を先生に言ってしまった...
その結果
移植が中止になるかも...
翔平の希望が失われる結果になるかも...
今度は罪悪感で苦しくなった。
私は一体どうしたいのか?
自分でもよくわからない
自問自答ばかりが続いた。
ただひとつ
自分の無力さだけを思い知らされた...。