◇
部誌は印刷に回された。その頃には三年生は引退したも同然で、ごくたまに顔を出すくらいになっていた。とはいえ、もとからそんな感じだったのだ。その日だってイヤホンをして本を読んでる安川さんはいいとして、同じくイヤホンをしてる堀田さんと川淵さんはゲームをしていた。それを眺め、未玖は腕を組んだ。
「今度はあの中から部長が出るんでしょ?」
「まあ、そうなるんでしょうね」
「それを考えるとうんざりするわ。そう思わない?」
私は口に指を添えてみせた。でも、声のトーンは変わらない。
「大丈夫よ。ショットガンを持ったテロリストが押し込んできたってわかりっこないんだから。だけど誰が部長になるんだろ。あの性格は異なってるけど見た目は一緒の二人は無いじゃない。そうなると安川さんになっちゃうけど、それで大丈夫なのかなぁ。ほら、あまりっていうかほとんどしゃべらない人でしょ。部長って感じじゃないものね」
安川さんが顔をあげた。未玖は息を止めるようにしてる。それからは比較的小声になった。
「ま、書くものについてはすごいと思ってるのよ。びっくりしたもん。まさかあんなドギツイの書いてるとは思ってなかった。文章も上手じゃない。ああいう内容だってのにとにかく綺麗で。――なんていうんだろ? そう、ヒリヒリする感じ。思いが伝わってくるっていうか、のめり込んじゃうっていうか」
確かに安川さんの文章は美しかった。高槻さんは「あれは永遠性を前提としながら、あくまでも刹那的な関係を書いてるとこが素晴らしいんだ」と言っていた。それから笑って「僕より巧いよ。それは確かだ」とも言った。
「昴平さんもやたら褒めてたもんね。うん、消去法になっちゃうけど、やっぱり安川さんかな。あれらのデブよりかはだいぶマシでしょ。で、その次は私になるんでしょうね。結月はそういうのしたがらないし、もう二人だけになっちゃったもんね。――あっ、そういえば聞いた? 泥亀、学校にも来てないみたいよ。でもさ、あんなことでそうなるもの? ほら、昴平さんもおデブちゃんも理解できるとこはあるとか言ってたじゃない。だけど私にはまったく理解できない。好きに書けないからって、むくれちゃうってどういうこと? それに、あの話って、」
突然うつむき、未玖は唸りだした。ただ、顔をあげたときには口を尖らせていた。
「っていうか、これはなんの時間なの? おデブはいつになったら来るのよ。呼び出しといてこれはないんじゃない?」
ドアがひらき、ふくよかな頬があらわれた。未玖は瞼を瞬かせている。
「ああ、落合、いたな」
「そりゃ、いるって。集まれって言ったの先生でしょ。――って、なにしてんの? なんで入ってこないのよ」
廊下はオレンジ色に染まってる。肩を落とし、先生は目を細めていた。
「いや、落合に用があるんだ。篠田は、――そうだな、今日の部活は取りやめだ。中の連中にも帰っていいって言ってきてくれ」
「はあ? なによそれ。それはないんじゃない? 呼んどいて、待たせたあげくに帰れって」
「ほんとすまないが用事ができたんだよ。それも、けっこうな急用なんだ」
「で、それってなに?」
「いや、ここじゃ言えない。そのうちわかるだろうが今は言えないんだ。ほら、落合、ちょっと来てくれ」
音をたててドアがひらいた。安川さんは肩をすぼませ、前髪を払ってる。
「ああ、安川、今日の部活はなしだ。中の二人にも言っといてくれ。――ほら、落合、行くぞ」
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