小説『stray sheep』先頭へ

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「うん、その、なんだ。ま、そういうことだ。締め切りも近いが、もうちょっと頑張ってくれ。――ってことで、次にいってもいいかな? 高槻くん」

 

 

「もちろんいいですよ」

 

 

「じゃ、次は横森にするか。これについては言うべきことはないように思えるな。文章もしっかりしてるし、展開もいい。よくこんなふうに書けたなって思えるほどだ。横森、腕をあげたな」

 

 

「高槻先生のおかげですよ。その、なんていうか、指摘が的確だから問題点もわかりやすかったんです」

 

 

「ふむ。こりゃ、俺の出る幕はなさそうだ。高槻くん、なにか言っとくことはあるか?」

 

 

「そうですね。では、一言だけ。横森くん、終わらせ方なんですけど、もちろんこれでいいと思ってますが、なんていうのかな、そう、これはもっと長い物語の導入部ってふうに考えたらいいんですかね?」

 

 

「ああ、よくわかりましたね。いえ、そういうつもりじゃなかったんですけどそうもできるなって思ったんです。あの、書き直せって言われたじゃないですか。そんときに『あ、そうだ』って思ったんです。それに登場人物にも愛着っていうか、そういうのも出てきたから、もっと長いのを書きたく思ったんですよ」

 

 

「そうでしたか。しかし、こういう終わらせ方、余韻があるというか、謎を残すような感じだと先がありそうだと思うものですよ。――そうなるとマホルムという人物が今後のキーマンになると思っていいんですかね?」

 

 

「それもわかりましたか。はい、そのつもりでした」

 

 

「だとすると注文がひとつできますね。それがわかりやすいんですよ。君はそういうつもりでなく、つまり、このマホルムという人物がさほど重要でないように書きたいんでしょう。しかし、描写が過剰に思えます。たとえば『彼の目は大きく広がっていった。その瞳に映っているのはゾフローテの護符だった』というところなんかはもう少しさらっとした表現の方がいいんじゃないでしょうか」

 

 

「ああ、そうですか。――いや、どうだろう。自分じゃわからないですね。そんなに引っかかりましたか?」

 

 

 また紙が放られてきた。『ほんとおデブちゃんの出る幕なしね』と書かれたものだ。それを読んでると赤ペンで太く書かれた紙が乗せられた。そこには『やだ、ちょっと見てよ。泥亀の顔マジで怖いんだけど』と書いてあった。

 

 

 

 

 休憩になると教室はざわつきはじめた。堀田さんはうつむいている。川淵さんはその顔を覗きこんでいた。

 

 

「結月、出よう。早く。出た方がいいって」

 

 

 未玖は窓へ目を向けている。私は椅子から引き上げられるようにして連れ出された。

 

 

「トイレで話そ。そこならさすがの泥亀も入ってこれないでしょ。ま、入ってきたら大声上げて犯罪者にしてあげるわ」

 

 

 ドアの中は消毒液の臭いがした。未玖は腕を組み、壁に背をあてている。

 

 

「ほんとどうしちゃったの? あそこまでいくともうお病気って感じじゃない。だけど、今日のとこは問題ないはずよ。先輩と待ち合わせてるから、なにかしてくるようだったら鼻にグーパンチしてもらえるわ。――って、大丈夫?」

 

 

「え? うん。大丈夫よ」

 

 

 鏡には水滴が残ってる。すこしのあいだそれを見つめ、私は目をそらした。

 

 

「ああ、そういえば柳田さんのって三角関係の話って言ってたじゃない。そんなの書いてるときに振られちゃったわけよね。それ聞くとちょっとかわいそうにも思えるわ。そうじゃない?」

 

 

「うん、確かにね」

 

 

「加藤さんのも構図は違うけど似た感じだったでしょ。そういう部分では通じ合ってたとこもあるのよね。ま、結果はこうなったわけだけど。――って、ほんとに大丈夫なの?」

 

 

 未玖はじっと見つめてきた。その目を見返し、私はゆっくりうなずいた。

 

 

「ま、ちょっと遅れて戻った方がいいかもね。そうすれば会わずにすむでしょ。おデブちゃんも昴平さんもいるんだし、教室じゃなにもできないはずよ」

 

 

 外に出ると人影はなく、廊下は光に充ちていた。私はその眩しさに目を細めた。足は思うように動かなかった。

 

 


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《雑司ヶ谷に住む猫たちの写真集》

 

 

雑司ヶ谷近辺に住む(あるいは
住んでいた)猫たちの写真集です。

 

ただ、
写真だけ並べても面白くないかなと考え
何匹かの猫にはしゃべってもらってもいます。

 

なにも考えずにさらさらと見ていけるので
暇つぶしにどうぞ。