なぜ?

日本の親たちは教育に熱心なんでしょう?


エマニュエル・トッドの

家族社会学によると

直系家族だから

いずれ老後の世話をみてもらうから

教育は投資 いずれかえってくるもの。


ところが

現代日本は

そうなっているかな?


老後の世話なんて

子供に期待している?


絶対核家族の

スウェーデンやノルウェーでは

18歳で成人したら、親子はサヨウナラ。

盆と正月に実家に帰るとか皆無。

老後は国が面倒をみる。

ゆりかごから墓場まで

そんな髙福祉社会は「冷たい社会」

80歳以上にコロナ治療なんてしないし

食べ物を食べられなくなった老人に点滴や胃ろうなんてしない。

唇を脱脂綿で湿らすだけ。

一週間で死んでいく。 墓参りもしない。

絶対核家族社会。




韓国や中国には

まだ儒教の因襲が残っている。


儒教原理主義的では

就職も嫁も親が決める 親が用意する。

その分、親には逆らえない❗

親の面倒・介護は子供がみる。


親に向かって酒やタバコをのむことさえ許されない。

目上のヒトに顔をそむけてビールを飲む韓国人。


近代化個人化

女性の人権が拡大する韓国では

一方、伝統的儒教が払拭しきれず

世界一の少子化。

中国も「ひとりっ子政策」で少子化。



共同体家族=大家族主義の

フィリピンなんかでは

いとこやらオジサンやらも同じ屋根の下にいて

一人が出世すれば

みんなが

それにタカる。すがる。


それが当たり前。

タカられる方も

それが誇り。

この映画にもそんなシーンがありましたねー


さて

日本とフィリピン。

どちらが合理的なのか?

少ない子供に教育投資して

報われるのか!?


いっぱい子供を産んで

宝くじのように

一発! 当たるのを期待する方がいいのか。


田舎のDQN系ヤンキーには

それに似た互助組織があったりしますねー

「先輩のはじめた運送会社で働いてます!」的な

日曜日に
家族ぐるみで BBQ のDQN 軍団。



家族形態は、つくれない。

人工的に変えることもできない。



この映画を観ながら

上記のようなことを考えた。


比較的よくできた丁寧な映画。


原作にある

社会学的なアプローチは

さすがに難しかったけど

考える契機はあった。 佳作。

↑上映後

監督、出演女優、原作者の

舞台挨拶があった。


ピンボケ。

「宣伝してね」と言われたが

このブログが宣伝になるのか?