妻が逝って三年、明日がその命日です。

時の流るるは、時に早く 時に遅く ただ流れるままに身をまかせてきた三年でした。

最近図書館で過ごす日が多くなりました。

ミレイの作品シリーズを捲っていました。 なにげなく通り過ぎるいつもの画が私を離さないのです。

 

あの日の記憶を甦させるのです。

いつも冗談まじりで話していたのです。 「わたしを白い花でいっぱいにしてね」

死の概念を美しく思い起こさせてくれる一枚の画は私を死の畏れから解放してくれます。

 

嗚呼、それにしても苦くて辛い日々が続きます。

そしてこんな言葉を噛みしめます。

『死者老いず 生者老いゆく恨みかな』 

 

 


春はきた? ブログネタ:春はきた? 参加中
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春は 桜の花 さくら と一緒にやってくるもんだと思っていました
わたしの住むこの地ではまだ桜の花は咲いてません
春はまだ遠いのかもしれません

街の花屋の店先で桜の小枝をみつけました、一足早い春をここに見つけました
春彼岸の朝、こどもらと一緒に、桜の小枝を供えてやりました

孫娘の背が急に伸びました、最近なんです
そんな時、おもいます 「きみにもみせてやりたかったなぁ~」

わたしに来る春はいつになるんだろぉ






きょうは朝から暖かくとてもいい日和でした
午前中お墓まりにいきました
ほんとに私たち家族だけの三回忌でした
家族って そぉ過って妻が愛した私たち、そしていまでも妻を母を愛し慕う私たち

「お母さん 来たよ ありがとう!」 娘が花を供えます
「ばばちゃん ありがとう! また来るね」 孫娘が両手をあわせます

墓石に刻んだ『共に在り・・』は、
この二年間、わたしのか細い両肩にのしかかっていた重い荷物のようなものを、この言葉が、軽くさせてくれます

なんて言ったらいいのか、よかったぁ これでよかったんだ!、妻が呼び集めてくれた今日という一日 『ありがとう』 ほんとにありがたかったのです 






明日は妻の三回忌です

娘たちがきています
息子は花を買ってきました
私はお墓を綺麗にしました

わたしは空を見あげて言葉にします
そぉなんだ きみはもういないんだよなぁ・・

娘の誕生日は2月の27日です
「おかあさん わたしの誕生日まではと一生懸命頑張ってくれたんだよね」と娘が話します
残された娘と息子、わたしは彼らの悲しみを図り知ることできません
私と妻は血が繋がっていません、しかし彼らは確実に妻の体内で生を受けた・・まさに妻の分身です
その彼らの深い悲しみは私の比ではないかもしれない
子どもたちをみながらそんなことを考えたりもします

わたしは私なりに妻を想います
わたしは妻の名が刻まれた墓石にわたしの名を記しました
『共に在り・・』と刻みました
私なりの妻へできる、私なりの供養です

あしたは妻のお墓を花で埋め尽くしてやります





卒業したいもの ブログネタ:卒業したいもの 参加中
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決めなくてはならないことが、たくさん・・
でも、前もってできることもあるんです

えぇ、わたしのお葬式(?)のことです
わたしの望む私のお葬式は「一日葬プラン」、葬儀・告別式を1日ですますこと!
と、子どもらに伝えています
昨日、霊園を管理する業者から棹石の裏側に刻む「名入れ」のレイアウトが出来上がってきました
戒名なしの私の名前、その傍らに刻む 『共に在り・・』
妻の三回忌までには棹石に刻まれます

悲しみが少しづつ薄らいできます
もぉずいぶん前のことです
新聞歌壇にみた一句がいまでも鮮明な記憶として残っています

悲しみが遠のきゆけば聞こえくる 天上より妻のわれを呼ぶ声

さぁ、「きのう」という過ぎた一日から卒業し 「きょう」という新しい一日へと向かわなくちゃ…




 




この冬、雪見た?【投稿でドットマネーがもらえる!】 ブログネタ:この冬、雪見た?【投稿でドットマネーがもらえる!】 参加中

私は見てない派!

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この冬、私の住む界隈では雪の降るをみていません
ここ数日とても寒いのですが、幸か不幸か、雪にはなっていません

故里は雪です
雪が降ると故里の田舎にひとり住む義姉のことを想います

電話します
「お姉さん、そっち雪ふってるんでしょう?」
「そぉよね 大雪なんよ わたしひとりじゃけ 雪掻きもできんし外にもでれんのよ」
「食べるもんはどうしょうるん?」
「冷蔵庫にあるもんでなんとか食いつなぎょうるんよ」
「大変じゃねぇ」
「心配せんでええよ なんとかしょうるけぇ」

義姉の声は笑っています、でもわたしにはその声が心細さの悲鳴に聴こえるのです
雪景色をみるは美しくもあります
が、過疎地に独り住む老いし人に降る雪は酷なものかもしれません

                                       ライブカメラ -ふる里の風景- から借用
           

夢のようだった出来事 ブログネタ:夢のようだった出来事 参加中
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夢のような出来事じゃないけど・・
夢が実現しました

「わたし戒名なんかいらないんです、わたしの名前(俗名?)だけを刻んで戴ければそれで充分なんです。 子どもらにもそう伝えています」
霊園を管理する浄土真宗のお坊さん暫しの沈黙後、「ま いいんじゃないですか あなたがそう希望されるんなら」

実現しました 夢のようなわたしの願い!
妻の戒名は『釋尼妙真』、その真下にわたしの名前が刻まれます
そしてその傍らに隷書体で 『供に在り・・』 と刻むのです
(あぁ 後はわたしの没年、息しなくなったその日、を刻むだけ)


いまのわたしには夢のような出来事
妻の三回忌までには完成できるはず!


昔の仲間と会ってる? ブログネタ:昔の仲間と会ってる? 参加中
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私のこと
昨日、今年はじめての「聖書を読む会」に出席しました
月に一回だけの会ですが、昔の仲間と古き懐かしき想い出を語るひと時は傍に神の臨在(?)すら感じたりもします 仲間は大切にしなくちゃ、なんて・・らしくもなく思いました

子らのこと
娘らがまた来ています 数日前に帰ったはずの娘っ子らです
「だってお父さんの誕生日でしょ」
子らから私への誕生祝い(?)は灰色のジャケット
わたしは雲ひとつない今日の青空をみあげます
ああ わたしも、気づいたら、こんなに遠くまで歩いてきてたんだ
子らもわたしの仲間です 大事にしなくちゃ


妻のこと
3回忌がせまってきます
あの時のままで妻の遺品は眠っています
開けては閉め 閉めては開け どうしようもない時間が過ぎていきました
娘がいいます 「お父さん  も、あきらめょ! 整理しょうょ」
わたし一人では絶対に手をつけることのできなかった作業、娘が背中を押してくれました
和箪笥 洋服箪笥 整理箪笥・・etc etc etc
処分する 一枚一枚 一つ一つ に妻との懐かしい想い出が蘇りおもわず手が止まります
娘が呟きます「お母さん 私のこんなものまでとってたんだ」「お母さん この服よく着てたよねぇ」
娘が泣きます わたしも泣きます
なんと辛い作業なんだろぉ、逝った人の遺品を処分する作業って・・
いまでも妻は心のなかの仲間です 大切に大事にしなくちゃ





 
♬~ 五日遅れの便り~をのせてぇぇぇ~~~~~♬

今年は年賀状を書きませんでした
なんせ億劫なんです、それに心が貧すれば行動も鈍します
ま、届いた年賀状にだけに返信すればいいやぁ そんなこんなで今年は年賀状一枚だに買い求めませんでした
でも届くんですよね これが・・ 恨めしくなります
だから今日百円ショップにいきました 和紙風のはがき3セット買いました
そして簡単な墨絵、私の心象風景(?)、を描きパソコンからはがきへと そんで朱色パッパと点けて約60枚 おめでとうございます なんて書けません


しかしやでぇ もしわし死んだらどないすんやろぉ わし宛の年賀状・・ 
息子はそんなこと、わし死んだ後のことなど、気にするタイプやないし
ま、わしのことなんか時間と共にフェードアウトされるんやろなぁ

 
大晦日のこの時間、私ら家族はトランプしながらなんとなくテレビをみてました
テレビは紅白歌合戦を映していました
私ら家族4人は『ババヌキ』をしてました
ババをひいたわたしの傍で孫娘が小躍りしてました

そんな時、胸にしみ入るような女性歌手の声が流れてきました
瞬間的でしたので歌の題名も歌い手の名前もその時にはわかりませんでした
ただ九州弁(?)で読むように歌い熟す彼女の姿にわたしは見入っていました
娘らがいなかったら観ることもなかったろうテレビ番組でしたが年の終わりに出合った一片の清涼歌(?)となりました

後、ネット動画で調べると歌は島津亜矢の「帰らんちゃよか」だとわかりました
子を想う男親の心情、親を想う子の心情、歌は世につれ 世は歌につれ・・
なんだか吾らが時代の昭和を激しく恋う時間でした

ニューイヤーコンサート(ウィン・フィル)も聴きました
『美しく青きドナウ』 と 『帰らんちゃよか』
ああ ほんまに歌は世につれ世は歌につれの世界・・