― 沖縄の女の子に雪を ―

                 

沖縄で暮らしている子たちは雪を知らないだろう。テレビやインターネットで見ては

いるけれど、実際の雪は知らないと思う。

むかし、沖縄に雪が降ったという記録が残っていると聞いたけれど、たぶんそれは、

あられ、みぞれ、程度ではないだろうか?

そんなことを考えていたら、沖縄の子に雪を体験させてあげる機会が一度だけ

あったことを思い出した。

 

1993年 (平成5年) 2月。

私はひとつの大事業のお手伝いをした。

琉球古典舞踊とアイヌ古式舞踊の共演、という誰もやったことのない舞台の実現

のお手伝い。

その公演のタイトルは「いちゃりばちょーでー」という。沖縄の古いことばで、( 出会

えば兄弟 ) という意味だ。

 

私の住む尼崎には沖縄出身のひとが沢山居て、その中に琉球古典舞踊の名手

が居る。仲村米子というその人はとても行動力のある人。北海道へ公演の仕事で

出かけ、その合間にアイヌ舞踊を目にした。それが沖縄の「琉球の踊りに似て

いる!」と感じ、「一緒に踊りたい!」と考えたのだ。そして、私にはその協力を

してほしい、と。

 

それから彼女の八面六臂の行動の後ろをついて歩いた。1年近くの東奔西走の

結果、舞台は尼崎のアルカイックホールで実現できた。

北海道からアイヌの女性たちを、沖縄から琉球古典音楽の演奏家たちを招き、

関西在住の仲村米子さんのお弟子さん達の合同共演。総勢60人余りの人たち

が集まった。

文字通りの、出会えば兄弟の感動的な舞台だった。

そのとき、沖縄からの三線演奏家が娘さんを連れて来られたのだ。

 

ここからが公演の番外編となる。

北海道からのお客さんと、沖縄からのお客さんを、せっかくだから京都を案内して

あげようというプランを、仲村米子さんが提案し、彼女のご主人・元一さんと私が

案内役を引き受けた。

 

舞台公演の前日、観光バスを借り切っての小旅行。

そのとき、沖縄からの参加者は一組の父娘だけ。沖縄の演奏家たちは関西への

来演活動は数多く経験しているので、半日余りの京都行きよりもリハーサルを

したい、ということだったのだ。

さて。

バスが出発して間もなく、沖縄からの玉城正治さんが「実は」と私に話しかけてきた。

沖縄では数え年の13になるとお祝いをするという習慣があって、だから13歳の

一人娘を連れてきた、と言う。

他にバスに乗っているのは、雪の北海道から来た女性たちと、リーダーである

只一人の男性は、アイヌの知る人ぞ知る、萱野茂先生。

元一さんも私もすっかりいい気分になっていた。

行き先は2月の京都。今から30年近くも前のこと。きっと雪はあるだろう。

ところが、その年は暖冬。底冷えがすると言われる京都でも、雪はなかった。

残念がったのは北海道の人たち。

「見ることが出来ないねェ」

と13歳のユウコちゃんを皆で慰めていた。

金閣寺、清水寺と駆け足で見て歩き、三十三間堂へ来たときだ。

「雪が残ってる!」と騒ぎ出したのも北海道の女性たち。その声に、私はユウコちゃん

をさがし、その場に連れて行った。

雪は渡り廊下の下に残っていた。

私たちはぞろぞろと近くまで行って、手にのせた。雪が初めてのユウコちゃんは、

何とも言えない笑みを見せてくれた。

「でもねェ」

と北海道組は言う。

「こんなザラメはねェ」

と。雪国の女性たちは、雪はこんなモノではないと不満顔だった。

 

このときの体験をユウコちゃんの父親は、初めて作りました、と、俳句と短歌を

見せてくれた。

 

             十三の生まれの年の石清水    玉城正治

   

                 落日の陽に照り映えし金閣寺

     

                 北国も南の国も境なし

                                 芸でつながる人と心と

 

三線と唄の世界で生きてきた玉城正治さん。ことばのリズム感は見事なものだ。

 

この話には後日談があって、北海道に帰った女性たちは、雪の空港に立って、

皆で相談したのだ。雪をユウコちゃんにプレゼントしてあげよう、と。

発砲スチロールで雪だるまを型どった容器が、北海道では売られているらしく、

そこにきれいな雪を詰めて、沖縄のユウコちゃんに送ったのだ。

 

共演の舞台は大成功だったことは言うまでもない。

「 いちゃりばちょーでー 」 は舞台の上だけではなく、行動を共にした者、全員が

感じることが出来たのだった。

 

私の役割は、仲村米子さんの行動と、北の人と南の人との交流を一冊の本に

まとめる事だった。

タイトルは 『南のくにに雪だるま』 。

命名してくれたのは、萱野茂先生。

邑書林が発行発売してくれたが、売り切れ、今は絶版になっている。

もし古書店で出会ったら、是非お手にとってみてください。