― 柳かな ―

                 

俳句は、時代の風景を反映する鏡である―――なんてエラそうな言い方をするつも

りはないけれど―――ふり返って、俳句史に残ってきた作品を拝読して、いろいろと

考えさせられている。

 

        降る雪や明治は遠くなりにけり        中村草田男

 

この一句、誰でもどこかで聞いたことある句だ。

でもあるとき、私の手持ちの資料を見て、びっくりしたことがある。それはこの一句が

昭和6年に発表されたということ。単純に計算してみると、昭和6年、すなわち1931

年からさかのぼる明治45年の1912年まで、たった19年。大正年間をはさんで、

たった20年足らずのことなのだ。

 

今、一般人でも宇宙旅行できるか、というほどの急速な科学の進歩で、10年も経てば、

見えてくるものはすっかり変る。同じ10年でも、昔と今とでは、全く比較にならないほど

の変化が起こっている。恐ろしいほどだ。

 

昭和は遠くなったのだ。

感情論だけではなく、冷静にふり返って、昭和が遠くなった、と考えたいのだ。

 

      死にたれば人来て大根煮きはじむ    下村槐太  (1910~1966)

 

この句が生まれたのは昭和22年。

実はこの一句、私の愛誦句のひとつ。

以前の下町では、何処にでも見られた風景で、私の記憶にも生々しく残っている。

ご不幸のあった家に、近所の人が集まって来て、煮炊き物を始めるのだ。

あれはいつだったか、私が住む尼崎の下町に、とても美味しいコロッケ屋さんが

あった。ほかほかの温かいのを立ち食いするのだ。或る日、いつものようにぶらりと

立ち寄った。すると、「ごめん、今日はもう売り切れ」と言われた。

「なんでなん?」と訊くと、

「そこの角のお家に不幸があってん。コロッケみんな、買い占めされてん」と。

いかにも昭和を思いだすコロッケ屋さんだった。

 

       秋風やかかと大きく戦後の主婦     赤城さかえ (1908~1967)

 

この句は昭和23年作。

戦後、女と靴下は強くなった―――という笑い話を思い出す。でも、冗談ではなく、

どんどんいろんな事が変っていった。

 

        地の涯に倖せありと来しが雪      細谷源二 (1906~1970)

 

この23年発表の一句は、重い。

戦中に 〈 新興俳句事件 〉 で検挙された細谷源二は、終戦一ケ月前に空襲で

家財のすべてを失ったという。そして北海道開拓民として十勝管内の泥炭地に

入植した。しあわせありときしが、ゆき―――。

私は俳句初学の頃に、この句を先輩に教えられ、感動したのだ。細谷源二が北海道に

俳句をひろめた、と先輩が熱く語るのに耳を傾けたものだ。そして、その系譜につなが

る俳人と知り合うことも出来た。以前に、この小径で紹介したことのある臼井千百さんが、

その人だ。

さてさて、何気なく資料を読んでいく中で、ドキリとする一句に出合った。

それは昭和35年の作品集にあった。

 

       進駐軍といふものありし柳かな    林原 (らい)(せい   )(1887~1975)

 

シンチュウグン。それは昭和の時代を象徴するような言葉ではなかったか。

わが国は占領されていたのだ。

昭和35年は、1960年。そう、60年アンポの年だ。私は22才だった。

正直に言えばその頃の私は、唯のボンヤリ青年だった。アンポは、遠い東京で

の熱気。人づてに聞いても燃えるものを持たない私は、今ふうに言えば「時代に

取り残された」とでもいうのだろうか。

だけれども進駐軍は、私の中学生の頃には身近にあった。甲子園球場すぐそばの

鳴尾中学校へ通っていたとき、通学路には進駐軍の金網があった。米軍が、G・Iが

そこに立っていた。ときは朝鮮戦争真っ只中。

その少し前の小学生の頃には、G・Iの腕にぶらさがるオンリーさんが其処此処に居た。

あの米軍の金網。銃を持ったG・Iが意味もなく恐ろしかった記憶がある。

その金網に囲まれていた場所は今、女子大学の学舎があり、高層の住宅地になって

いる。私の通学路にあった米軍の金網は、全く消え去っている。

この一句にあるように、まさしく 〈 進駐軍といふものありし 〉 の過去のものになって

いるのだ。

そして、句の下五の 〈 柳かな 〉 に、作者はどんな思いを託そうとしたのだろうか。

作者のことを私は、何も知らない。何となく名前に記憶があるだけだ。急いで資料を

見てみると、若い頃に夏目漱石の門を敲き云々。昭和初期に俳壇の論客として知ら

れた、とある。

私はただ、一句の前で立ちすくんでいる。

 

かつて、私のすぐ近くにも 〈 進駐軍 〉 は居た。

通学路というすぐ近くに、米軍基地があったのだ。