まことに小さい声ですが
小学生の弟子たち…
愚図ぐずと、同じことばかり考えている。
ウロウロと堂々めぐりばかりしている。
俳句テ、何だ?と。
先輩たち、故人となった人たちばかりに問いかけている。
「ですよ、ネ」と。
故人だから答えてくれない。
わが師匠・赤尾兜子が亡くなって今年は45年になるというのに
「ネ、先生。ですよ、ネ」などと。
故人は、そんな昔の人ばかりではない。
ときには亡くなったばかりの先輩に、追悼の気持ちで語りかけながら、
やっぱり「ですよ、ネ?」と。
それでも答えが見つからない。
そんな私が、30年も40年も前からいろんな奇縁を得て、小学校を
訪問してきた。「俳句のセンセイ」として。
小学校の教科書には、俳句とは、という答えが明記してある。先生方は、
その通りに児童たちに向かって語りかけている。
でも、月が何故、秋の季語か、を、児童たちに納得させているとは
思えない。
桜は四月の季語だと教科書はいう。
けれど、沖縄のさくらまつりは、一月下旬。カンヒザクラだ。沖縄本島の
桜前線は、北から南下していく。
北海道の桜は。五月のゴールデンウィークが満開だ。でも、小学校の
教科書は、一緒でしょ、東京も大阪も。
そんな小学校で、私は俳句のセンセイをしてきた。
市町村の数でいえば10以上、学校の数でいえば40校は越す。
同じ学校へ10回以上出かけたこともあるし、たった一度だけの
学校もある。
各々の学校の考え方もあって、学年を決めているところが多かった。
結果として、私が出会った小学生は、殆んどが一期一会。
それが40年も、となると、とんでもない数の小学生と語り合ってきた
コトになる。
私の彼等への呼びかけはいつも同じ。
給食は残さず食べよう。
生命あるものをいただいているのだから。
ことばといのちを考えよう。
そして自由に五・七・五で遊ぼう。すると、或る学校で元気な男の子が
「なんや、五・七・五の作文か。カンタンや」と言ってくれた。これは
うれしかったですな。
そばのはなとおくで見てもそばのはな
さくらの木あきになったらふつうの木
かいしゃでね かあちゃんいつもおしごとだ
かえったら牛のおせわがまっている
せんそうをハイビスカスが見ていたよ
ママがすきママが一ばんママこわい
私が出かけた学校は阪神間だけではない。
奈良県の奥、東吉野村。島根県の隠岐の島。
都会とは違う子たちの日常が見えて、こちらが教えられたことも多い。
もちろん、季語を使いなさい、とは言わない。
季語なんて大人の文学の世界は、高校からでイイと私は考えている。
季節のことは、理科の授業でいいのだ。
その考えのまま、小学校を訪ね歩いた。
高齢になったから、学校訪問も、そろそろ卒業しようと思っている。
今回で最後にしようという約束の、東吉野小学校の六年生の女の子の2句。
ぬけがらにセミの思いがこもってる
オリオン座指でつないで帰り道
いいでしょ。
この子が将来、俳人になってほしいなんて、私は思わない。
小学生の時の思い出として大事にしてほしいだけだ。
ですヨ、立道杏奈ちゃん。
もう一人。奇縁の子を紹介したい。
私の俳句仲間に、茶道・華道の指導者がいる。
その人がこども教室も開いていて、その子たちに俳句教室を、と声を
かけて、それがもう10年近くなる。
学校とは関係のない集まりだから、保護者―――主に母親が同伴して
くる。自然に親子での俳句教室になった。
小学生で入門してくるのだが、10年もやっていると、当然のように
生徒も入れかわる。
それでも、三年、四年のつき合いになる。
その中の、私が感心している子は、中学一年生の男の子。
私にとって星座の先生だ。小学生のときから天文学が好きで、
とんでもなく星座に詳しいのだ。
好奇心が旺盛。そして、器用だ。ルービックキューブの名人で、分解して
組み立て直すことができる。
いい話相手だ。
星月夜天馬風切り運ぶ明け 青木陽一
彼がくれた、今年の年賀状に書かれた一句だ。
四月には中学二年生になる。
この親子教室も、3月で終了する予定だ。
すると、陽一君が言ったのだ。
「これからも会える機会をつくってほしい」と。
泣かせるではないか。
