【起こることは、本当にすべてマル!】1 | イベント★で★ハッピー集客!女子起業を叶える場づくりのスキル&マインド

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仕事や子育てをしながら、自分らしいビジネスや自己表現のスタイルをイベント開催で実現していく方法。



きわ姐さんです。

こんにちは。

昨日、

【いつでも素顔を

みせていいじゃないか!】で、

自分の良い部分だけじゃなく、

傷やら失敗やら、ネガティブに

思えるような出来事も

話してくれる友人のことを

書きました。



そうやって、

いわば化粧しているココロじゃなく

ありのままの素顔のココロを

他人に表現することを、

心理学用語で

「自己開示」といいます。




逆に、

差しさわりない自分のことを

表現するのを「自己呈示」

といいます。

そして、自慢は

「自己顕示」

ですね。


素顔のココロを見せる

自己開示をすると、

他人も同じように

素顔をみせやすくなるので

関係性が深くなる

メリットがあります。


しかし、何よりもいいのは

ココロに隠しているキズを

自ら見せて、手放すことで

自然にそのキズが

癒えていくこと。


隠せば隠すほど、

逆にそこにとらわれて

しまうのが、

人間のココロというもの。

そのとらわれがなくなると、

欠点やネガティブだと思って

いたものが、実は

それだけではなかったことに

気づけるのです。



つらく、悲しい、

苦しい出来事も、

何かを教えてくれるために

あったのだ、と。

悪い面だけではなかった、と。

愛されていなかったのではなく、

愛の形が自分の思うカタチでは

なかっただけだったのだ、と

気づきました。


幼少期からのココロの傷を

大事に大事に、30数年、

胸にしまって生きてきた私は、

心理カウンセラーの基礎を

学んでもなお、

なかなか、話すことでは、

自己開示できずに

いました。



心理カウンセラーにすべて話す

なんて、勇気もありませんでしたしね。


それが、本当に

自己開示できた

と実感できたのが、

昨年、秋にFacebookで

回ってきたリレー投稿、

『5 Days gratitude』。


毎日3つ感謝していることを

5日間書いて

Facebookに投稿するというものです。



自分の人生の棚卸しのつもりで

半生を振り返って、

ココロに引っかかっていることを

すべて、洗いざらい、

吐き出してみたのです。


最初は、ビビってしまって

やっぱり、差しさわりのないこと

だけ、書こうかとも思いました。

でも、

NLPや心理学を学んだ友人たちが、

死や離婚、ネガティブな感情、

病気などについて、

赤裸々に自己開示をしている投稿に

泣き、胸を打たれていたのでした。

回ってきたということは

いいチャンスをいただいた、

ということなのかも

と考え、真実のココロで

スッポンポンをさらしてみました。

もう、ヌード状態ですよ。キャ~!!!


でもね、すごくスッキリしました。

書いたことで、

解き放たれたような気がします。

本来、私は話すことより、

書くことのほうが

自分を表現しやすいので、

もしかしたら、

ヘタなカウンセラーに

お話しするより、

良かったかもしれません。


パソコンという物言わぬ相手になら

心おきなくぶちまけられますから。


ハリウッド俳優の

マイケル・J・フォックスが、

絶頂期に身体が硬化していく難病に

かかり、精神的に追い詰められた際、

やはり、今までの人生を

振り返って、思うことすべてを

紙に吐き出して、平常心を取り戻した

という話をテレビで

見たことがあります。


モヤモヤ、ムカムカ、苦しいこと、

つらいこと、悲しいことは、

紙に書くことで、自分のココロから

解き放つことができます。


そして、この『5days~』は

感謝すること、が

とても効果的です。

感謝は、肯定です。

人生のすべてを肯定で

とらえると、、

すべて起こることは

必然なのだと

認めることができる。

これは、まさに

ライフストーリーセラピー

ですね。



悪いことに思えることでも、

感謝の視点から眺めてみると

今までは気づきもしなかった

見えてくるものがあるのです。


悲劇だと思えることも、

次にとりくまなければいけない

ことへの合図だったり、

準備だったり。

次にいくために何かを

終了させる意味で起きている

こともあります。

たいがいは、大切な何かを教えようと

しているのです。


半分水が入っているコップを見て、

まだ半分ある、ととらえるのか、

もう半分しかない、ととらえるのか。

すべての出来事は見方次第、

ということが

腑に落ちて理解できました、


本当は出来事に良いも悪いもない。

人間が勝手に判断しているだけ。


自分に起こるすべての出来事はマル!

必然なんですね。


本当に、人生のからくりに驚くばかりです。


これは、真剣にやると自分の生き方が

見えてきます。 

そして、自分が愛されていることに

気が付けます。

そう、何があっても

愛から始まっているのです。


もし、人生に何かモヤモヤを

かかえているなら、

振り返って、

紙に書いてみてください。

良いことも悪いことも

想いのたけをすべて。

そして、感謝してみるのです。



一切費用がかからず、

効果的なセルフセラピーに

なると思います。


と、かなり長くなりましたが、

「きわ姐さんって、どんな人?」って

思ってくださった方がいれば、

これを読んでいただければ

すべてが、わかります。

なんといっても、ヌードなんで(笑)


Facebookで

すでに読んでくださった方は

全く同じ内容になります。


長文です。


今日は前編です♬


*********************************

『5 Days gratitude』

毎日3つ、今現在感謝していることをFacebookに書き出し、今日から5日間、感謝の文を書かせていただきます。

読ませていただいているときは胸いっぱい、「まさか自分に!?」と今もPCを前にして胸いっぱいですが、自分と向き合う良いチャンスをいただいたと思っています。今までの人生の棚卸、良かったらお付き合いください!
1日目です。

~ 私の人生で忘れられない女性3人に感謝します ~

1) 母に感謝します。
父は都内企業に勤めるサラリーマン、専業主婦の母、団地に暮らす核家庭で、一人っ子として母のもとに生まれた私。もともと身体が弱く、流産を体験した後に授かり、父にも「子供は一人でいい」と言われたこともあって、一人娘としてそれは大切に育ててもらいました。

まわりのママ友が自分の子どものことを「あれができない、これができない」と井戸端会議するなかで、母だけがいつも「うちの子って最高よ!」と言い続けていたそうです。

何があってもどんなことがあっても、どんなに私が悪かったとしても、いつでもつらいときには真っ先に駆け付けてくれて、「あなたのためだったら何でもするから」と言ってくれる母。20代で離婚したとき、初めて授かった子を流産したとき、夫婦仲が悪くなりつらくてどうしようもないとき。電話一本で助けてくれたよね。普段、まめに電話するほうじゃないから、最初の「ママ、あのね、私…」の暗い一言でいつもすべてを察してくれちゃう。いつも「あなたの思うままでいいんだから」と究極の愛で包まれながら、今の私がいます。本当に、本当にありがとう!

そんな母ですが、結婚当初から父とはうまくいかず、父に怒られては泣いて体調を崩して寝込む日々。そして父に理解してもらえない想いを私に語り、私の世話をすることで満たされない想いを解消していた面がありました。休みになるといつも部屋の中を流れる不穏な空気に、長い休みが来るのが嫌で「お正月なんてなければいいのに!」 「きょうだいがいてくれたら一緒に遊べるのに!」幼い頃の私はそんな気持ちでいっぱいでした。私立の小学校に行くときも「私は行きたくなかった、自分で決めたかったのに」と不満ばかり。そして成長とともに、あれこれ心配する母に「もう、私のことはかまわないで!」と突き放し、大学卒業とともに家を出たい一心で、その当時付き合っていた彼と同棲したのでした。

本当につい最近まで、自分が小さかった頃の母に対して「ああしてほしかった」「こうしてほしかった」という不満を心の中に抱えていた私。でも、今はわかります。母も本当にあの状況のなかで精いっぱい生きていたのだと。そして精いっぱい私を大事にしてくれるあまりのことだったのだと。あるとき、「お母さんは、今世、何があってもあなたのことを愛するって決めて、生まれてきたんだよ」と教えてもらい、涙がとまりませんでした。私の不満なんて、母の愛の海にうかぶ一滴の汚水のようなものだったんだ。

今、自分が子育てをするなかで、母の無上の愛はお手本に。過保護や子供の進路を親が決めてしまうような、してほしくなかった点はとても良い反面教師として生かされているような気がします。親に対する不満も悪くないな、と今は思うのです。だって反面教師のほうが、強い意志で実行しようとするから。私はたくましく4人の子育てをできるように、この母を選んだんですね!

来年で母は70歳。10数年前に父と別れて暮らすようになってから、泣いてばかりだった母は生まれ変わったように強く、輝いています。いまだ老人介護施設の事務として正社員で働き、休日にはおしゃれをして大好きな宝塚に出かけていく。そして、たまに一緒にランチをしておしゃべりするのが楽しいよね。子どもを愛し、自立している先輩として尊敬します。まだまだ心配かけてしまうけれど、ありがとうだけはいつも伝えていきたいです。ママ、いつも、いつもありがとう!

2) 祖母に感謝します。
私が小学生のときになくなってしまったけれど、父方の祖母には本当に可愛がってもらいました。新潟の大きな古民家、夏になると縁側の外で竹林がざわざわと風にゆれ、日暮しが大合唱する部屋で、おばあちゃんのそばにいるだけで幸せでした。

今思えば、幼いときから両親の不仲でいたたまれない気持ちをどこに持っていけばいいかわからなかった私がしていたことが、遠く新潟に住むおばあちゃんへの手紙。絵を書いたり、今思っていることをおばあちゃんになら、すらすらと書けるのです。

あるとき「私は空を見るのが好きです。空を見ているといやな気持もとんでいくような気がします」と書いたら、「きわこちゃんは本当にいい子だね。そのまま大きくなっていけばいいからね」という返事がきたのが忘れられません。学校の先生をしていたという祖母ですから筆まめで、手紙を出すとすぐに達筆な返事を書いてくれて嬉しかったな。今でも、手紙とってあります。今も昔もいつも見守ってくれているような気がするの、ありがとう!おばあちゃん!

3) かずこおばちゃんに感謝します!
長男が生まれて、1歳9か月で長女が生まれたころまで、育児の一番大変だったときに横浜で隣に住んでいたかずこおばちゃん。親戚でもなんでもないのに、本当によくしていただきました! 成人している2男1女の先輩母さんで、全国転勤してきて、料理上手で太陽のように明るくて面白くて、こんなお母さん最高!ってお手本にしたくなるかずこおばちゃん! 母も働いていて実家がなく、頼る親戚もいない私ですが、引っ越す先々でいつも子育てを助けてくれる隣人に恵まれています。本当に感謝です。

「おかずいっぱい作ったから」と庭先から渡してくれるポテトサラダや煮物、「かわいい洋服あったわよ!」とフリーマーケットで子供服を買ってきてくれ、「たまには楽しまないとだめよ! 赤ちゃんうろうろしたって大丈夫なレストランあるから!」とランチに連れ出してくれたり、「ママもきれいでいなきゃだめよ!」って私の服までいただいたり。

なにより、転勤族でまわりになじむ社交性を身に着け、3人の子を育て上げた、気さくな大先輩にどれだけ救われたかわかりません。発達がのんびりだった長男を「まだ離乳食を食べない」「まだおむつがとれない」と心配する私に、「だいじょうぶ! 小学生までおむつしている子はいないから! さっ、昼間っからビールでも飲むか!」と豪快
に笑い飛ばしてくれる。長男の育児でナーバスになっている私の心にいつもカラッとした風を吹き込んでくれました。

あれから3回も引っ越しをして、今は藤沢にすみお会いする機会もなくなってしまったけれど、今はお孫さんも生まれ、きっと忙しくお孫さんと遊んでいることと思います。かずこおばちゃんに出逢えたから、今の私があります。本当に、ありがとう。


~ 私の人生で忘れられない男性3人に感謝します ~

4) 父に感謝します。
毎日、茅ヶ崎から満員の東海道電車に揺られて大手町まで、1時間。しかも家から駅まではバスで15分。ドアツードアだと1時間40分はかかるのではないでしょうか。湘南ライフはその覚悟が要ります(笑)

そうやって新卒で入社してから定年退職するまで、一徹同じ会社を勤め上げた父。本当にいろいろなことを我慢して働き、育ててくれたこと感謝しています。もっと通勤に便利な地を選ぶことも出来ただろうに、開放的で海の近い、明るい場所がいい、と茅ヶ崎の地にこだわっていました。子どものためにいい、というのもあったかもしれません。また明るく社交的で陽を感じさせる母に対して、雪深い新潟上越の地で生まれ育ち、寡黙でぐっと何かをこらえる陰を感じさせる父が、自分の育ちにはなかったものを湘南の地に見つけたのかもしれません。ゴルフやテレビでスポーツ観戦する以外は、経済紙を見たりビジネス書を読んだり、まじめ一徹のサラリーマンでした。

実は物心ついてから、両親が幸せそうに仲良くしている記憶がありません。
母のすることに対して父が怒り、暴言を吐いて、何日も口を聞かなくなってしまう。母は体調が悪くなり、部屋の奥で横になっている。冷戦状態でないときもうわべの会話しかなく、話が盛り上がることがない。私の小さい頃の家の中の記憶は、その場面の繰り返し。

夫婦とは一番価値観が異なり、実は相性の合わない者同士がくっつくことが多い、そういうものなのだと知ったのは、自分が夫婦関係に悩むようになってから。確かに父と母は何もかもが違っていました。一番大きかったのは教育方針。私立の女子中高校で育った母にとって、
私を私立に入れることは夢というか必然。でも小学校から私立に通わせる経済的負担は、普通のサラリーマンの俺にはとても荷が重かった、と父はよく語っていました。転職もしたかったけど、経済的なことを考えると出来なかった、と。父はきっと母と私のために、いろいろいろいろ我慢したのでしょうね。その我慢ややりどころのないストレスをどうすることも出来なかったのでしょう。だから、私のなかでは父はなんだかとっても苦しい存在だったんですが、ゆるそうって。私と母のために一生懸命勤め上げてくれたんだから、それだけで本当にすごいじゃないって。上を見ればきりがありません。父に求めることも多かったですが、今はただ「ありがとう!」を言っていきたいです。何より、父がいなかったら私は生まれていないわけです。

でも、今、書いていて母のときのように涙が流れてきません。私のなかで、父のことをゆるせきれていないのかもしれません。孫が生まれたとき会いたい、というと、「俺は子どもはあんまり好きじゃないんだよ」って、ひとめ見たらさーっと帰ってしまう。私は「え~!孫だよ!なんでもっと可愛がらないの?」って思ってしまう。母に対してもっと優しくしてほしかった、という想いからはじまって、まだまだ父に対して、ああしてほしい、こうしてほしい、という想いを捨てきれていない。まだ、ちょっと時間がかかるかも。

今は、中国の北京で暮らす父。楽しくやっているようです。自立して楽しく暮らしてくれていることに感謝! ありがとうパパ! もう少し子どもたちが大きくなったら、嫌がられても中国に会いに行ってもいいかもね、家族なんだから。

5) 元夫に感謝します。

さてさて、実家を飛び出したくて、私は20代に短い結婚生活をすることになります。その元夫とはいろいろ問題があって別れざるをえませんでしたが、本当に好きだったんですね。短い間だったけど、結婚してくれて、一緒にいてくれて本当にありがとう!

吉本に入れるんじゃないっていうぐらい、人を笑わすのが好きな愛嬌のある男性で、一緒にいるときは、私笑い転げていました。若かったからとにかくいっぱい一緒に遊んで、遊んで、楽しい思い出がいっぱい。

「何十年先も一緒にいたいと思うから、結婚しよう! これ、寝ないで考えたプロポーズやねんけど、どう?」って言ってくれたこと。
「きわはさ、大事な一人娘やん? 俺は次男やし、俺が婿養子になるわ」って、私の姓にしてくれたこと。
「俺さ、きわのお父さんとお母さん、めっちゃ好きやねん! だって、めちゃめちゃいい人やん!」って言ってくれたこと。
そして最後は、自分から別れを切り出してくれたこと。
「きわにはさ、もっと可能性のある人生が待っていると思う。俺とは別れたほうがいいと思うねん」

私、このままでは自分としてはダメだ、って心の中では、わかっていました。でも好きだから別れられないという私の背中を押してくれたその優しさ、一生忘れないよ。本当にありがとう!

6) 今の夫に感謝します!

そして、結婚生活15年を迎えた今の夫に感謝します。あなたでなければ、4人の子どもを生み、育てることは出来なかったでしょう。私の小さい頃の叶わないと思っていた夢、「きょうだいがほしい。子どもいっぱいで楽しく遊んでいる家」が、今現実となって、私の目の前でくりひろげられています。それはみんな夫だったから叶ったと思います、本当にありがとう!

わかりやすく優しい愛を示すタイプではなく、おおむね叱咤激励で、気づかないような愛をくれるタイプ。何より、人の話を聴かず正論を延々繰り返す!(典型男性脳だ(笑)) 私は理解できなくて、イライラして、話が通じない(笑)「もっと俺に感謝しろよ!」と言われ、そう言われるとますます「ありがとうなんていうもんか!」と思う。でも、やっぱりありがとう!なんだよね。
(実は今、夫とは別居中。子どもの両親としての関係を保ちながら、私には夫との距離が必要なようです。)

本当に夫婦は、理解できない違う者同士、お互いを磨き合う修行だと思い知りました。でも、理解できなくても受け入れよう、しょせん違う人間、お互い好きなことをして思うままにいけばいいと思ったら、今はもう「こうしてほしい」「ああしてほしい」という想いがなくなりました。

夫婦関係で悩んでいたときは、夫に幸せにしてもらおう、という頼った考えが私のなかにありました。だけど、「何があろうとも、自分は自分として幸せになろう」そう決めたんです。そしてその日から、また私のなかの何かが輝きはじめたような気がします。母という役割100%のなかに埋没していた日々から、仕事を再開していろいろな所へ出掛け、自分本来の輝きを取り戻させてくれたのも、悔しいんだけど(笑)やっぱり夫のおかげ、本当にありがとう!


~ 子どもたちに感謝します ~

7) 長男(小6)に感謝します。

 昨日、11月18日は長男の12歳の誕生日でした。誕生日が来るたびに映画を観るように思い出す、12年前の夕方5時55分、私がお母さんになった瞬間。うれしくて、うれしくて、うれしくて、ただうれしくて……それまで生きてきたなかで一番幸せを感じた瞬間。こんなに素晴らしいことが起きるなんて、本当に生まれてきてくれて、ありがとう! 切迫流産で絶対安静の日々も、難産で3日苦しんだ時間も、無事生まれてきてくれるならば何でもする、と祈った日々。あなたは宝物です。

 よく寝てよく飲み、あまり泣かない育てやすい赤ちゃんがいる一方で、何をやっても泣き止まず、繊細でちょっとした音や変化に起きてしまう。そんな赤ちゃんだった長男は、その後も発達が一般的なものとは違っていました。言葉をなかなか話さず、外国語のような呪文をつぶやいていたり、はじめての場所で延々泣いていたり、特別な音を嫌がったり、こだわりが強かったり。

教科書通りに育っていかない長男に、私は右往左往。妹が生まれて赤ちゃん返りも激しくなり、長男がうとましく思えたときもありました。あんなに待ち望んでいた子なのに……。

育児に疲れ果て、子どもにどう接していいかわからず悩んでいたころに出逢ったのが、地域でママのために開催されていた育児教室「はじめの一歩」。ここで出会った柴田愛子先生に教えてもらった「子どもの気持ちに寄り添う子育て」が、私の育児の羅針盤になっています。愛子先生は横浜でオリジナルの幼稚園を主催され、本や絵本も書かれている方。ママの気持ちも子どもの気持ちも受け止めてくれる愛子先生に出会っていなかったら、もっと長男を責めてしまっていたでしょう。そのとき出会った同じ育児に悩む仲間ママに、心のうちを話せたのも有難かった、本当に感謝です。

「Mちゃんは、きわこさんに大当たりの子」。
著書にサインしていただいたときの言葉です。正直、そのときは意味がわからなかったんです。「ええっ!? こんなに大変な子が私に大当たりなの? 荷が重いなあ」なんて思ってしまった。このとき、長男3歳。

そして、やがて小学校入学を迎え、長男は発達障害のアスペルガー症候群と診断されます。何も知識がなかった私は呆然。でもいろいろ理解するうちに、赤ちゃんの頃からの育てにくかった理由、長男の不安、パズルが完成するようにすべてがわかり、ハラハラと泣きました。
「本人のせいでもない、私の育て方のせいでもない、こういう特質をもっているってことだったんだ」。アスペルガーでなくても、子どもはひとりひとり違う、何ができてあたりまえ、ってひとくくりにすること自体が間違っている、と教えらました。まさに、「みんな違って、みんないい」のだと思うのです。

長男は繊細でコミュニケーションが苦手、集団も苦手、でも自分の世界があって好きなことにはとことん取り組む、そして彼のどこまでも純粋な優しさに、私は何度救われてきたことでしょう。

今ではわかります。長男が子育てについて必要なことを学ばせてくれている、人として大事なことを教えてくれている、母として未熟な私を成長させるために、あえて一番最初に生まれてきてくれている。

そして、長男は私にとって、大当たりの子なんだってこと!
いつもありがとう!

8) 長女(小3)に感謝します。

「女の子がやってきてくれますように!」
その夢が本当に叶ってこの世に来てくれたから、これまたうれしくて、うれしくて、うれしくて、言葉にできなかった。桜がハラハラと散るうららかな春に生まれてきた長女、私のところに来てくれて、本当にありがとう。

陣痛が4、5時間でするっと生まれてきてくれたことにはじまり、長女はよく寝る、よく食べる赤ちゃん。今もそのまんま、どこでも眠かったら眠り、何でもよく食べる(笑)誰とでも、どこにいっても物怖じせず、「うわ~!楽しそう」と好奇心旺盛に飛び込んでいく。大らかで、朗らかで聡明な彼女です。同じお腹から出てきてもここまで違う、ああ、人はひとりひとり違うんだ、まったくもってあたりまえのことを、身をもって知りました。

いつも私や弟妹のことを気遣い、しっかりものの長女のほうが時に私より、お母さんみたい。
聡明な彼女に、いつも私はいろいろな気遣いを教わっています。私が夜遅く帰ると、靴の上にそっと置いてある「ママ、きょうもおつかれさま!」の手紙に何度、涙することか。長女よ、その年でいろいろなことを気遣ってくれて、本当にありがとう!

次女がけがをして私が「大丈夫!たいしたことないから」とほっておくと、「ママ、少しは心配してあげなよ!」と真剣に怒る長女。はい、スミマセンでした(笑)

あるとき、「長女は過去生であなたのお母さんだったんだよ。だから、あなたを心配するし、見守ろうとする」と教えてもらいました。どうしてこんなにしっかりしているのか、お母さんぽいのか、確かめる術はなくとも、そのことが私のなかで腑に落ちたのです。

魂が母を選んで、子どもは生まれてくる。過去生で成し遂げられなかった想いを、学びをとげるために。親子の関係はどんなことがあっても一生続きます。その親子関係をあえて選んで生まれてきた意味を、最近見た映画「かみさまとのやくそく」でさらに深く、想い味わいました。

手がかかる男どもにはさまれて、自分で全部出来るがゆえに、不満やしんどいときも多いかもしれないね。でも、それを超えて進んでいっている長女に、本当にありがとう!

9) ★次男(小1)に感謝します。

「子育ては3人目からが、肩の力をぬいて楽しめるよ!」とかずこおばちゃんに言われていたとおり、生まれた次男はただただ、可愛くて、可愛くて、おばあちゃんの気分って、こんな感じなのかな?と思うくらい。癒し系の次男よ、本当に私のところに来てくれてありがとう!

泣いても、寝なくても、なんでも気にならない。というか、悩んだり、気にしている時間がないというのが本当のところです。そして、それが大らかに子どもを育てることに、いい感じに作用してくれるような気がします。赤ちゃんのとき、上の子たちが波うちぎわで遊ぶのを見守るのに忙しくて砂浜にお座りさせておいたら、お腹がすいたのか砂をムシャムシャ……。だめ!っていっても止まらないから、まあいいかって放っておいたら、うんちはサラサラのすなうんち。

それでもなんの病気にもならず、元気に育っています。子育ては、大事に大事に気遣うより、「いい加減くらいがちょうどいい」。そんな確信を持たせてくれたのも次男です。そう、本来子どもは生きていてくれればいい、それだけで可愛いんです!

そんな次男は、どこにいっても人気者、可愛がられるタイプ。女子2人にはさまれているせいか、女子心をその年にしてマスターし、本当に怒られそうなときは「ごめんなさ~い」とすぐにおどけてみせ、ことあるごとに「ママって、美しいね!」と持ち上げることを忘れない。そういえば、保育園の先生もみんな彼のファンでした(笑)

そんな次男に癒されることが多い母です。いつもありがとう!

下にいくほど、手をかけるのが減り、物を買うことが減り、写真も減り、今書いている文章の文字数も減っているけれど(笑)、愛のエネルギーは変わらないんだからね!

★次女(4歳)に感謝します。

3人目以降は4人も、それ以上も母の子育てに対する感覚は変わらないんじゃないかな。体力と経済力があるなら、何人だって産みたい私です。(もう打ち止めですけど~(笑))男子が2人いるなら、女子も2人でハーフ&ハーフが楽しい、長女も大人になったときにきっと助け合える! そんな単純な母のもとにやってきてくれた次女。本当にありがとう!

上三人はいつも出血して切迫流産! 子宮口をテープでしばる手術をし、陣痛促進剤を使ったお産でした。はじめて無事に妊娠生活を経過し、自然に陣痛がきて出産できたことに感謝! 4人目にして管理されない、自然なお産ができたのがとても嬉しかったです。自然、って素晴らしい。

家で破水(「今からいくよ~!」っていう次女の声がわかりました)し、次女がお腹の中で背骨にそって回転しながら下りてくるのが分かった、感動のお産。腕のなかで、つぶらな瞳をパチッとあけたとき「ママ!やっと会えたね!」っていったのがわかって、泣きました。

そうして生まれてきた次女はこれまた、ただただ可愛くて可愛くて……。長女からは「ママ、甘やかしすぎ!」と怒られております。そしてこの次女は、いちばん小さいのに洗濯物をたたんだり、お皿を洗ったり、家事が得意。几帳面なところもあって、保育園ではクラスメートに「ちゃんとしてよ!」って怒っているらしいですが(笑)

とにかく次女からパワーをもらっています、どうもありがとう!


子どもを生み育てることで、私は強く、たくましくなっていると思います。あの壮絶な妊娠出産の体験を思えば、何も怖くない、何でも出来る。子育ての素晴らしさを、大変さを知った今、どんなことがあっても前に進んでいける、そんな気がしています。

繊細で優しく、自分独特の世界がある長男。
好奇心旺盛、朗らかで聡明な長女。
明るくひょうきんで自分の世界がありつつも、人を和ませる次男。
甘え上手で、芯が強い次女。

見事に個性が違う4人を眺めているのが何より楽しい、うれしい、幸せな私です。
そして、子どもは自分の鏡なんですね。
「あら? もしかしてこの素晴らしい4人の個性を、私もみ~んな持っている! すごいじゃん!私」って気づかせてくれるのも子どもたち。

たくさんのことを教え、たくさんのことを気づかせてくれる。
たくさんの喜びと楽しさと、愛と、人間らしいすべてを運んできてくれる子どもたちにありがとう!

勉強、できなくていいよ! スポーツ、できなくていいよ! 
友達とうまくやれない? 何かが上手くいかない? そんなの気にしない! 
あなたたちがいるだけで、うれしい、楽しい、幸せ、ありがとう!


では、また♪