第4回『足るを知る仕組み ― 江戸の知恵』

【はじめに】

特許は個人の発明という「一点の輝き」を守るものです。しかし、社会を支える知恵には、特定の誰かのものではない、コミュニティ全体で育まれた「面としての輝き」も存在します。個人の才能と、集団の叡智。その両方が尊重されてこそ、持続可能な社会は成り立つのではないでしょうか。

今回は、個人の所有から、共同体の共有へと視点を移す物語です。

 

【ものがたり】

翠ヶ丘に、灰色の季節が訪れた。

何週間も続く厚い雲が空を覆い、集落の生命線である太陽光パネルの発電量が日に日に落ちていった。各家庭の蓄電池の残量を示すランプが、心細い緑色から不安な黄色へと変わっていく。特に、共同で使う井戸の浄水ポンプや、食料を保存する低温倉庫のエネルギーが危険水域に近づいていた。

 

夜の集会所は、これまでにないほどピリついた空気に満ちていた。

「このままでは、冬を越せない。個人の蓄電池から、共同施設へエネルギーを強制的に供出させるべきだ!」

自警団のテツが声を荒らげると、若い母親が反論した。

「そんなことをしたら、うちの子供が使う医療機器が止まってしまうわ!」

人々は、乏しいエネルギーを自分のために囲い込み始め、集落の空気は少しずつ、ささくれ立っていく。ミナトは、この光景が《古の狂乱時代》の縮図のように思えて、胸が苦しくなった。

 

工房で、修復師のハナが古い茶器を布で磨きながら、ぽつりと言った。

「困ったねぇ。みんな、エネルギーが足りないと思い込んでいる。本当は、足りないのはエネルギーじゃない…分かち合う仕組みの方さ」

「仕組み…?」

「そうさ。昔、江戸という街があったそうだ。人々は狭い長屋に肩を寄せ合って暮らしていた。誰一人、自分の家にお風呂なんて持っていなかったよ。でも、困らなかった。なぜなら、街のあちこちに、誰もが使えるお風呂屋があったからさ」

ハナの言葉に、ミナトはハッとした。彼はAIのカナエに頼んで、“じいじの手紙”の中から「共有」「江戸」という言葉を検索させた。

 

すぐに、カナエが該当する一節を読み上げる。

『かつて江戸の街では、人々はモノを“所有”しなかった。その代わりに、誰もが利用できる仕組みを“共有”していた。本は貸本屋で借り、道具は損料屋で借りる。豊かさとは、自分の倉庫を満たすことではなく、いつでも必要なものに手が届くという安心感のことだった。彼らは、“足るを知る”ための、実に賢い社会システムを持っていたんだ』

ミナトは立ち上がった。彼が修理すべきなのは、蓄電池の性能ではない。バラバラになってしまった、集落の心の繋がりそのものだ。

 

ミナトは集会所に駆け込み、皆に提案した。

「新しい発電機を作るのはやめましょう。その代わりに、僕たちの暮らしの『仕組み』を修理しませんか?」

彼は、一枚の設計図を広げた。それは、各家庭の蓄電池を一本のネットワークで繋ぎ、エネルギーを融通し合う「スマートマイクログリッド」の構想だった。

「日当たりの良い家の余ったエネルギーを、日陰の家や、今いちばんエネルギーを必要としている共同施設に自動で送るんです。誰かが我慢するんじゃない。みんなで、今あるエネルギーを賢く分かち合うんです」

 

テツが反論した。「そんな面倒なことを!自分の家のエネルギーを、なぜ他人にやらなきゃならんのだ!」

「やるんじゃないんです、テツさん」ミナトはまっすぐに答えた。「『預ける』んです。そして、いつか自分が困ったときに、誰かから『返してもらう』んです。お風呂屋みたいに」

 

その言葉に、集会所がざわめいた。ハナが、ミナトの隣にそっと立つ。

「江戸の街には、火事が多かったそうだ。だから人々は、大切なものを自分の家にしまい込まず、土蔵のような共同の場所に預けて助け合った。富を独り占めすることが、いちばんのリスクだと知っていたのさ」

 

ハナの言葉が、人々の固くなった心を少しずつ溶かしていく。

ミナトの提案は受け入れられ、集落総出での「仕組みの修理」が始まった。修復師たちが配線工事を行い、子供たちが各家庭のエネルギー使用量を伝えて回る。

 

数日後、マイクログリッドが稼働を始めた。エネルギーの残量を示すランプは、個々の家では赤や黄色に変わっても、集落全体としては、常に安定した緑色を保ち続けた。浄水ポンプも、低温倉庫も、子供の医療機器も、止まることはなかった。

人々は、自分たちの本当の豊かさが、蓄電池の残量ではなく、隣人との繋がりの強さにあったことを、静かに思い出していた。


【ひとこと】

物語の中で、翠ヶ丘の住人たちは、個人の所有(エネルギーの囲い込み)から、コミュニティによる共有(マイクログリッド)へと発想を転換することで危機を乗り越えました。これは、知的財産の世界における「地理的表示(GI)」の考え方と非常によく似ています。

 

特許が一個人の発明を守るのに対し、地理的表示は、特定の地域に根差した「共有の知的財産」を守る制度です。例えば、「ボルドーワイン」や「パルミジャーノ・レッジャーノ」といったブランドは、一人の天才が生み出したものではありません。その土地の気候風土と、地域全体で何世代にもわたって受け継がれてきた製法という、共有の財産が生み出した価値です。

 

翠ヶ丘のエネルギーグリッドが、個々の家の力を合わせて初めて価値を生んだように、地理的表示は、地域全体の取り組みを守り、その価値を未来へと継承していくための、まさに「足るを知る」ための賢い仕組みなのです。