時は西暦1991年、仕事や私生活が煮え煮えになっていて、思わず会社を休み、旅に出ることにしました。ああっ!サラリーマン失格。

成田空港へ向かう電車の中、それでも満員電車の通勤が日常となっていたことに少しの懐かしささえ覚え、自分で自分を律する自由の身となったわけです。

TNナッシュビルに友人がいましたが、いきなりテネシー州に行くのもなんだなと考え、時間はあるので「いつ着くかは分からないよ」と電話連絡だけはして、まずはLAへと飛びました。

ロスへ着くとまず履いていた下駄を空高く蹴り上げ、行き先を決め・・・・なあんてね。そんなことはするはずもなく・・・(いきなりの飛ばし・・付いてきてくださいね~)。

まずはインド、ネパール、タイで鍛え上げたわたしのインチキ英語がネイティブな国で通じるのかと多少不安な思いを残したまま空港からタクシーに乗りダウンタウンへ。

陽気なタクシードライバーはまあまあOK.泊まった宿の掃除のおばちゃんはヒスパニック系で英語がしゃべれなかったです。「ノーイングリッシュ!」って言われました。

コンビニの7-11では知らないおばあちゃんに「わしゃ目が悪いでの、そこの若いの!ノンファットミルクを探してくだされ!」と頼まれるし・・・。

さっきロスに着いたばかりなのに・・・と思いつつも、でもちゃんと探してあげましたよ。

おおっ!何とかやっていけそう!英語なんて簡単簡単!と根が楽天的、良い加減なわたしはほっと胸を撫で下ろしたのでした。

その後、英語ではなくてスペイン語、ポルトガル語で苦労するとはこの時点では思いもよらなかったです。・・・・続く