突然夏の暑さがやって来た。今たしか4月だよね。
未だに我が家には、こたつと扇風機が同居している。来週はまた寒くなるから、夫はまだこたつを片すなと言う。あ~部屋をスッキリさせたい。
ここのところ、私の毎日は買い物以外、家から離れられない。介護している母の生活時間がまちまちで、それに合わせているから。
97才の母は介護認定を受けていない。外を散歩することは出来ないが、家の中の生活はトイレも入浴も介助なしに出来るし、介護者が居るというのもある。
目も片方の視力がないし、長時間歩くことも出来ないので、申請すれば要介護か要支援にはなると思うが、介護保険を使う気がないので申請しない。
幼稚なデイサービスなんてまっぴら。家に風呂があるのに、誰が入ったかわからない、知らない風呂に入る必要もない。と、デイサービスの本当の意味がわかっていない。
で、好きな時間に入浴したり寝たり、食事の時間も自分の空腹に合わせるから、夕飯が夜の11時過ぎのこともある。そして、眠れないからと夜中ずっと起きていて、空腹になると私の出す朝食が遅い、と不機嫌になる。
歯が悪くて硬いものが食べられないのにお粥は嫌いで、炊きたてのご飯ももう一度軟らかく煮込んで出しているが、ちょっと硬いと不味いと言う。オカズのローテーションが限られてくると、この前と同じオカズだったと言って食べなくなる。
長年飲んでいた降圧剤や目眩の薬を止めて、血圧を測らなくなって2年。医者にもかからず、食欲も衰えない。頭脳はボケるどころか、ますます口うるさくなり極めて健康的な97才。母はまだまだ死ぬ気がしません。なぜか、103才まで生きると豪語しているから、私の身が持つかどうか不安になる。
在宅介護は、自分の楽しみと自由を犠牲に出来る介護者でないと成り立たないとつくづく思う。
四柱推命では、私は晩年に囚獄という神殺がついている。これは何らかの事情で囚われた生活や、警察や裁判所に関わることを経験する運命のこと。まだ警察のご厄介になったことはないが、囚われた生活は5年も続いている。これは当分続きそうなので受け入れるしかないと思っている。
夫が在宅の時は夫の三回の食事作り、母の食事作り、猫のエサ遣りまで私の仕事。自分の食事は合間にちゃちゃっと済ます。朝から晩までご飯作り、まさに飯炊き女そのもの。四柱推命で天厨貴人という、食に困らない神殺がついている私。いいのか悪いのか、わからない。
カンボジアからの女の子を1ヶ月ホームステイさせている友人は、私とは対称的。お休みがあるとご主人と旅行に行かれる。何年も夫婦で旅行したことのない私って、いったい
。
そんな羨ましい友人が、昨日珍しく弱音を吐いた。会話が英語でしかできないカンボジア人との意志疎通が上手くいかなくて、ご主人が居ない昼間の相手を20日間もしてきた友人は、疲れてしまったらしい。
特に食への拘りが半端ないカンボジア人の彼女は、カンボジア料理を完全再現披露したくて、何時間も食材探しをしたりして、友人は振り回されているらしい。
日本人でも他人を家に泊めるのは大変なのに、片言の英語で通じないことも沢山あるカンボジア人と過ごす1ヶ月のストレスは想像を絶する。友人はよくやっていると思う。
私なら、とうてい我慢出来ないしホームステイを引き受けないが、友人のご主人がボランティア精神に溢れていて、本当にカンボジア人のために尽力したい人なので奥さんも合わせることになるのね。二人とも本当にいい人。
ホームステイが終わったあとすぐ、何ヵ所か夫婦で国内旅行に行くそうですが、友人は家で休みたそうな感じ。うんうん他人の居ない家でゆっくりしたい気持ち、わかるわあ。
介護が無くて自由に旅行出来る友人を羨ましく思うが、やたらホームステイに外国人が来るのも私は苦手だ。ボランティア精神があまり無い、フレンドリーでない我が夫でよかったと思ったり。
人間て、無い物ねだりなんだろうか。よそんちの芝生はたしかに青い。でも青さを維持するための苦労は、沢山してるんだろうと思うと、自分の置かれた場所で頑張るしかないんだろうね。
でも、介護をしなくていい環境はやっぱり羨ましい。
未だに我が家には、こたつと扇風機が同居している。来週はまた寒くなるから、夫はまだこたつを片すなと言う。あ~部屋をスッキリさせたい。
ここのところ、私の毎日は買い物以外、家から離れられない。介護している母の生活時間がまちまちで、それに合わせているから。
97才の母は介護認定を受けていない。外を散歩することは出来ないが、家の中の生活はトイレも入浴も介助なしに出来るし、介護者が居るというのもある。
目も片方の視力がないし、長時間歩くことも出来ないので、申請すれば要介護か要支援にはなると思うが、介護保険を使う気がないので申請しない。
幼稚なデイサービスなんてまっぴら。家に風呂があるのに、誰が入ったかわからない、知らない風呂に入る必要もない。と、デイサービスの本当の意味がわかっていない。
で、好きな時間に入浴したり寝たり、食事の時間も自分の空腹に合わせるから、夕飯が夜の11時過ぎのこともある。そして、眠れないからと夜中ずっと起きていて、空腹になると私の出す朝食が遅い、と不機嫌になる。
歯が悪くて硬いものが食べられないのにお粥は嫌いで、炊きたてのご飯ももう一度軟らかく煮込んで出しているが、ちょっと硬いと不味いと言う。オカズのローテーションが限られてくると、この前と同じオカズだったと言って食べなくなる。
長年飲んでいた降圧剤や目眩の薬を止めて、血圧を測らなくなって2年。医者にもかからず、食欲も衰えない。頭脳はボケるどころか、ますます口うるさくなり極めて健康的な97才。母はまだまだ死ぬ気がしません。なぜか、103才まで生きると豪語しているから、私の身が持つかどうか不安になる。
在宅介護は、自分の楽しみと自由を犠牲に出来る介護者でないと成り立たないとつくづく思う。
四柱推命では、私は晩年に囚獄という神殺がついている。これは何らかの事情で囚われた生活や、警察や裁判所に関わることを経験する運命のこと。まだ警察のご厄介になったことはないが、囚われた生活は5年も続いている。これは当分続きそうなので受け入れるしかないと思っている。
夫が在宅の時は夫の三回の食事作り、母の食事作り、猫のエサ遣りまで私の仕事。自分の食事は合間にちゃちゃっと済ます。朝から晩までご飯作り、まさに飯炊き女そのもの。四柱推命で天厨貴人という、食に困らない神殺がついている私。いいのか悪いのか、わからない。
カンボジアからの女の子を1ヶ月ホームステイさせている友人は、私とは対称的。お休みがあるとご主人と旅行に行かれる。何年も夫婦で旅行したことのない私って、いったい
。そんな羨ましい友人が、昨日珍しく弱音を吐いた。会話が英語でしかできないカンボジア人との意志疎通が上手くいかなくて、ご主人が居ない昼間の相手を20日間もしてきた友人は、疲れてしまったらしい。
特に食への拘りが半端ないカンボジア人の彼女は、カンボジア料理を完全再現披露したくて、何時間も食材探しをしたりして、友人は振り回されているらしい。
日本人でも他人を家に泊めるのは大変なのに、片言の英語で通じないことも沢山あるカンボジア人と過ごす1ヶ月のストレスは想像を絶する。友人はよくやっていると思う。
私なら、とうてい我慢出来ないしホームステイを引き受けないが、友人のご主人がボランティア精神に溢れていて、本当にカンボジア人のために尽力したい人なので奥さんも合わせることになるのね。二人とも本当にいい人。
ホームステイが終わったあとすぐ、何ヵ所か夫婦で国内旅行に行くそうですが、友人は家で休みたそうな感じ。うんうん他人の居ない家でゆっくりしたい気持ち、わかるわあ。
介護が無くて自由に旅行出来る友人を羨ましく思うが、やたらホームステイに外国人が来るのも私は苦手だ。ボランティア精神があまり無い、フレンドリーでない我が夫でよかったと思ったり。
人間て、無い物ねだりなんだろうか。よそんちの芝生はたしかに青い。でも青さを維持するための苦労は、沢山してるんだろうと思うと、自分の置かれた場所で頑張るしかないんだろうね。
でも、介護をしなくていい環境はやっぱり羨ましい。