妖怪ウォッチ関連の話題が挙げられる度にリメイクやリマスター、レベル5批判など幾度となく論争が引き起こる



しかし私は少なくとも数千時間もゲームをプレイして未だに遊んでいる様な輩がその小競り合いに加担している所を一度も目撃した事がなく、妖怪ウォッチ関連で投稿が大バズりしているのも、その大半は3ds勢とは全く関係のない別界隈からの投稿なのである。


ではなぜこの様にゲーマーが妖怪ウォッチ関連の話題に上がらないのか


この原因として考えられるのはそもそもゲームを遊ぶ理由が妖怪ウォッチが好き"だから"ではなくゲーム性が好きでプレイしているからだと私は考える。


実際に現役妖怪ウォッチ3対戦勢の集まる私のサーバーでアンケートを実施してみたところ以下のような結果になった。




前者の選択肢に明らかにふざけて解答したと思われる者も居たが今回は目を瞑るとして


この傾向から分かる通りある程度ゲームをやり込んでいる層では大半の人間がコンテンツではなくゲーム性に惹かれているということが伺える



そしてコンテンツの魅力、ゲーム性の魅力、とその2種類の動機では似通っている様で根本からして前提が異なっている。


これはどういうことかというと、後者の場合は偶然的にゲーム内システム、妖怪や性能などそのゲームにおける殆どが個人的な解釈、好みと合致している。

それに対し前者は好きであるが故に必然的にゲームを選んでいて内的条件、つまりゲーム性や性質なんかは元から好みの範疇である為囚われることはない。

逆に言えば後者の偶然的パターンと比べ、好みの振り幅は限られておりその範囲を超えることは極めて困難なのだ。


もう少し噛み砕いて説明すると

妖怪ウォッチが好きだという人は最初からそのゲームを触る事は決まっていて、自分とそのゲームとの相性は関係がなく、プレイする事が前提だという傾向にあること。

それに反して偶然的出会いは妖怪ウォッチなどは関係なくゲーム全体を通して触れ合った上でたまたま相性の良いゲームが妖怪ウォッチだったということ。


当然どちらがそのゲームとの相性に合致しているかと問われると後者である。



話を本題に戻し、これがどう直結して何千時間も遊んでいる様なプレイヤーがその大きな権限を捨て自らの意思、意見を発信する意欲すら見せず内気になってしまうのか。


これは先程も触れた通りそもそも妖怪ウォッチが好きではない。どちらかと言うと好きではあるがこのゲームをやる理由においては取るに足らない存在だというのが最もらしい大半の意見だろう。二つ目の要因としてリメイク、リマスター論争で度々耳にする題材だが3dsから任天堂Switchに移行する際にゲーム内構造やシステムをどうするか、という点で現実的ではない事をより理解しているからだとも言える。


例えを挙げるとするならば

今でこそ広まりつつあるチキンバグやトリベアラッシュバグ、庇う系スキルの太陽神の床、追撃ダメージバグなど旧作を制作していた時期でさえ改善しきれなかったバグをもう一度制作しつつ修正しきれる段階までたどり着くかと言われると甚だ疑問である。素人ですらこの考えに至るのだから到底現実的とは言えないだろう。


話が逸れつつあるので結論の部分に取り掛かると、先程書き記した通り妖怪ウォッチを好んでいるわけではない。


それ以上にそのコンテンツについて思う部分がないというのは正解に近いのだが、彼ら妖怪ウォッチゲーム界隈というのは自分のハマっている妖怪ウォッチという趣味に若干コンプレックスを抱いている節があり、いくら「面白いゲームだ」「自由度が半端ない」と釘を打ち込んだ所で、それはさして変わらない子供向けゲームという事実は消しきれず残ってしまう為、周りと比べて異常な程にまでやり込んでいるその様を嫌悪し隠し通す様になるのは無理もない話だとも言える。


こうした様に世間一般的な妖怪ウォッチという題材で討論し合うのを冷笑し同族嫌悪に陥った結果がこれだと言うのが私の推測だ。