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スズキSV650 - MT車リターンブログ(アドレス125、スカイウェイブ400記事あり)

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2023年1月下旬 1ヶ月近く乗れなかった・・・

 

【体調不良で走れず】

年末年始にかけ体調を崩し、殆ど乗る事ができなかった。

 

【インジェクション車はすごい】

真冬で1ヶ月近くエンジンをかけておらず、心配であったが、何事もなかったかのように一発始動した。数キロ試運転を行ったところ、すこぶる快調であった。

インジェクション車 恐るべし・・・である。

 

キャブレター車では、まずこんなに簡単にはいかない。

フォーサイト(250)時代に病気で20日間入院したことがあり、退院後、真夏にも関わらず、エンジンがなかなか始動せずに苦労した経験がある。

 

オドメータは、およそ8,000km まだまだこれから

 

【燃費】 満タン法で月ごとに集計
2023年01月 走行: 0km 平均燃費:0km/L

(実際には少し走っているが、給油をしていないため 0kmとした)
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【年間燃費データ参考】
2021(10~12)1,600km 43.9km/L 157円/L   6,207円
2022(01~12)6,549km 43.6km/L 161円/L 24,098円

 

おわり

 

 

 

 

愛知道の駅(2022年2月下旬)(SV650ABS)

 

2019年5月オープン、国道23号線沿いの道の駅。

豊橋東バイパス、七根インターのそばにあり、駐車場も良く整備されている。

2021年の来場者数は221万人を超え、全国でも有数の来場者を誇る人気の駅である。

 

二輪専用Pあり 近年オープンした駅には殆ど二輪専用がある もはや標準か

 

食彩村が目を引く

 

内部の様子

 

内部の様子 農業大国の愛知だけあって品数が豊富であった

 

 

案内図

 

県道406号線を跨いで大規模な駐車場があり、地下道が設置されている

 

横断歩道はバイパスとの交差点に1か所があるが、やや距離があるためこの地下道が最短となる。地上は片側3車線、反対1車線の道路で幅が広く、歩行者の横断は大変危険である。

 

きれいに清掃の行き届いた地下道をくぐる

 

駐車場側にある情報館

 

おわり

 

 

 

 

日本百名城(2022年2月下旬)(SV650)

 

【岡崎城】日本百名城No.45

三河国岡崎藩(愛知県岡崎市康生町)に位置した城郭式平城。別名:龍城。
天文11年(1542) 徳川家康の出生した城でもある。
康正元年(1455)「龍頭山」と呼ばれる半島状の丘陵地に守護代である西郷頼綱が築城。
享録 4年(1531)松平清康(家康の祖父)が城郭整備を行った。
永禄 3年(1560)家康は桶狭間の戦で今川義元が討たれたことを機に岡崎城に戻り、ここを拠点として三河を統一した。
関ヶ原の戦い以降、岡崎城は家康の「神君出生の城」として神聖化され、譜代大名・親藩が城主となった。

明治  6年(1873)廃城令によって廃城処分となり、天守以下の建物が撤去される。
昭和34年(1959)天守が再建される(鉄筋コンクリート造)
平成18年(2006)日本100名城指定。
平成19年(2007)城付近でのマンション建設中に石垣が見つかり、その場所から、日本国内で4番目の大きさであることが判明。
平成22年(2010)東隅櫓が再建される。
平成27年(2015)市街地再開発工事で河川敷を掘り起こした際、石垣の一部が発見される。
令和 4年(2022)翌年の大河ドラマ『どうする家康』の放送にあわせ、同年6月16日から令和5年(2023)1月20日まで展示リニューアルのため休館すると発表。外壁塗装、トイレ増設、照明のLED化などの改装工事を行った。

 

二輪Pあり 四輪用の横に併設されている

 

四輪用ゲートに行くと係員が誘導してくれる。(有料:記憶に残っていないが安価だった)

 

菅生曲輪から見た東隅櫓(ひがしすみやぐら)

 

とにかく広い。

 

カーブした「清海堀」 岡崎城の見どころの一つ

 

説明板

 

本丸北側には2重の堀があり、内側がこの清海堀である。堀と堀との狭い間(持仏堂曲輪)に入り込んだ敵は両側から挟まれ集中砲火を浴びるという造り。

石垣は当初のものでなく、後の改修時に積み直されたもののようだ。

 

本丸裏手にある廊下橋

 

写真の石橋は大正に造られたもの。元々は本丸と曲輪にまたがって屋根付きの土橋があった模様。防衛上、曲輪に跨る橋など造らないことが普通なので珍しい。

 

あちこちに目につく石垣 この城の規模を物語る

 

現存するのは本丸と二の丸のみで、他は都市化されているため、見ただけでは具体的な城の規模を想像することはできないのだが、徳川の城はその権力を見せつけるかのように、どこも大規模なものが多い。見学者は相応の時間と体力を消耗するので余裕をもったスケジュールが必要だ。

 

石垣付近から菅生曲輪を望む

 

おわり

 

 

 

 

続・日本百名城(2022年2月下旬)(SV650)

 

【犬山城】続・日本百名城No.149

永禄6年(1563)織田信長が濃尾平野の独立峰である小牧山に美濃攻めの拠点として築城した平山城である。美濃攻めを終えるまでの4年間しか使用されなかったとされ、これまでは急造の砦に近いものと想像されていた。
 

しかし、近年の発掘調査では、城郭を取り巻く三重の石垣が発見され、城の南部には築城により移転してきた住民による町割も発見された。これにより小牧山城は急ごしらえの砦ではなく、清州城に代わる新たな拠点として築かれた城郭であることが判明した。


現在では小牧山城が後に織豊系城郭と呼ばれる城郭体系の原点であるとされている。
山頂にある「小牧城(小牧市歴史資料館)」は、昭和42年(1967)に建設された資料館である。平成29年(2017)4月、続日本100名城指定。

 

二輪Pはないが、城のすぐ裏手にある小牧市役所の駐輪場に停める

 

小牧市役所には当時の大手道があった

 

市役所の内部には当時の大手道のあった場所が分かるよう、線でペイントされているとのこと。

実際に足を運んでみると、小牧市そのものが、このシンボリックな山(小牧山城)から発展した町であろうことが容易に理解できる。

 

大規模な土塁が見て取れる

 

公園として整備されているため分かりにくいが、これが大手道

 

桜の馬場

 

山頂付近からの景色

 

標高86m。スタート地点の市役所付近から見るだけだと「小高い丘」というイメージだが、実際に登るとなかなかの高さがある。

 

天守のあった場所にそれらしく建っているのだが、実際は資料館である

 

百名城スタンプはここで押せる。

石垣 まだ発掘調査中のようである

 

おわり

 

 

 

 

日本百名城(2022年2月下旬)(SV650)

 

【犬山城】日本百名城No.43

尾張国と美濃国の境、木曽川南岸に位置する(現在の愛知県犬山市)平山城。
天守が国宝指定された5城(姫路城、松本城、彦根城、松江城、および犬山城)のうちの一つ。

昭和27年(1952)国宝指定。平成18年(2006)日本百名城指定。

天文6年(1537)織田信長の叔父である織田信康が、木曽川沿いの砦を城に改修したことに始まり築城に至る。美濃と尾張の国境の要害に位置するため、歴史上数々の合戦の舞台となった。
本丸の背後は木曽川が流れ、天然の要塞となっている。

 

現存する最古の天守は、元和3年(1617)に尾張藩家老の成瀬正成が築いた。

明治24年(1891)の濃尾地震によって半壊。義援金による修理がなされている。

 

二輪専用Pあり 素晴らしい

 

天守の裏側は木曽川が流れる崖で、天然の要塞となっている

 

入口にある石碑 犬山城は国宝指定

 

入口付近は広場となっており、集合写真などが撮りやすくなっている

 

入口から歩くと急に道幅が狭くなり、左右のカーブが続く

 

天守内では急階段を上ることになる

 

天守からの景色

 

天守からの景色

 

犬山市が一望できる

 

百名城スタンプはこの管理事務所にある

 

おわり