優しい風が体を通り抜けていく。
暖かな日差し
川のせせらぎが聞こえる歩道
一面に芝桜
彼が居る場所までゆっくりと歩いていく。
昨日の電話で
「明日 弓道の大会があるから……」
「どこで?」
彼がいつも行く弓道場だった
「観たい」
「知らない人ばかりだから 見に来れば?」
「いいの?」
「外から見るなら いいよ」
「行く」
今までなら 『来るな!』と 言っていたのに……
ふと 足を止め 彼の姿を探す
桜の木の影から彼の姿を見つけた
自然に彼と視線が合う
笑顔を向ける彼
嬉しかった ずっと悲しみ続けたアナタのこと
少しでもいい 私を見て 少しでもいい 貴方の心の隅に私を置いて欲しい………
いま この瞬間だけ 貴方は私の存在を感じている私の心の中は 彼で溢れた彼の姿を目で追いながら矢が放つ風の音 的に当たる音を聴いていた
遠くから私の所に近づいてくる彼
垣根ごしに目の前を通り過ぎながら 視線で私を招く
離れていたが 彼と並んで歩く
私に顔を向け 携帯を指で叩く
『電話?』
小さくうなずいて弓道場から離れる
「電話して大丈夫?」
「一回くらいなら大丈夫」彼の着信履歴 発信履歴は奥さんにチェックされている
「いつやるの?」
「次の次だよ」
「ちゃんと観てるから 的に当ててね」
「お前が観てると緊張してダメかもな」
「えー」
「ばーか 俺を誰だと思ってんだ?」
「ばか」
「一回だけみたら帰れ」
「えー ずっと観ていたい」
「お前が観てると 恥ずかしいだろ」
「嘘つき…………分かったがんばってね」
「まかせろ!」
ツー………電話が切れ
遠くを見つめると 笑顔の彼が少し私の方を見て弓道場に戻って行った
彼が準備をする姿を目で追う
彼が立つ
5人並んだ2番目
ゆっくりと構える
弓がしなり的を見つめる彼
放たれた矢は ポンと音をたてて的に当たる
感動と共に的の方に視線を向ける
体がシビレた
つぎの矢を放とうとしている彼から目を離さない瞬きさえ忘れるくらいに耳は的に当たる音を捉える
全ての彼の動きを見逃さずに 今 この瞬間を脳裏に焼き付ける
最後の矢を放つとき 彼の口元が緩んだ
『緊張感ないぞ!』
心の中で私はそう囁いた
一度だけと約束したので私はゆっくりと 弓道場から離れていく
何度も何度も振り返る
?
彼が慌てて弓道場から出てきた 私の姿を捜しているようだ
首を傾け 立ち止まり彼を見ていた 携帯電話を手にしていた
呼び出し音
「はい」
「どうだ?」
「カッコ良かったよ 全部的に当たったね」
「当然」
幸せだった
「今日終わったら飲み会になった 行きたくないけと゛行ってくる」
「うん」
またキチンと報告してる
「最後 笑ったでしょ」
「お前が見てるから恥ずかしかったんだよ」
「嘘!…」
「ハハハ」
「がんばってね」
「うん 気を付けて帰れ」
「うん」
「バイバイ」
「バイバイ」
嬉しかった 涙がこぼれた
このまま時が止まって欲しかった…………