幼稚園からかかっていた市の機関は小学校入学までで、小学校入学以降は精神小児科もある県の機関にかかり、発達障害の検査やSST(ソーシャルスキルトレーニング)、ペアレントトレーニングなどを受けました。




小学校入学後の最初の学級懇談で、クラスのお母さんたちが自己紹介をしていく中、私は息子の発達障害について話をしました。




その「カミングアウト」があったからか、同じ学年の子供たちやお母さんたちとは上手くいっていましたが、居住地域の通学班の一部の親さんから、登下校中によそ見をしたり列から乱れて危険なので付き添うよう言われました。




毎朝登校班と一緒に学校まで歩き、下校時間には先に学校へ行って登校班と一緒に歩いて帰りました。




担任の先生とは、いいも悪いもその日に起こったことをノートに書いていただいて、学校で何が起こっているかを私自身が知り、それを専門家に相談して三者が連携を取れるようにしました。




何かに夢中になると他がみえなかったり聞こえなくなるので、次の日の予定表や大切なことをもらさず書き写しているかの確認と、学校から配られるプリントで、注文や提出日が決まっているものや特に大切なプリントがあるときは直接連絡をもらえるよう学校に伝えました。








幼稚園から市の機関で「発達に関する相談」等を受けていましたが、この時点では診断はなく、小学校入学に向けて普通クラスで行くのか支援クラスで行くのか、市の教育委員会も含めて何度も話をしました。




というのも、幼稚園で友達とのトラブルが多く、先生がみていてもキケンな言動が何度かあったから…




私としては、本人が過ごしやすい環境が一番と思い、「普通クラスでも支援クラスでもどちらでもよい」という考えでしたが、居住地区の小学校には支援クラスはありませんでした。




そこで、市の教育委員会の先生方に幼稚園での様子をみてもらい、何度も話し合った結果、小学校は加配を付けて普通クラスで行くということになりました。
息子は生まれたときは普通で、3歳まではどちらかというと「育てやすい子」のように思っていました。




幼稚園の年中さんの時、担任に呼ばれ、泣きながら「発達障害ではないか」と言われました。




正直、幼稚園に入った頃から、担任とのやりとりの中で「友達とのトラブル」について何度も指摘されたことがありました。




最初の頃は、「幼稚園の中の事だし先生がキチンとみていてもらえれば」と思っていましたが、トラブルの内容がどんどんエスカレートしていき、担任も耐えられなくなって医療機関や専門の先生にかかった方がいいのでは…という理由から言われたことだと思い、まずは紹介された市の機関に行きました。




市の機関では、子供的には「遊びながらルールを学ぶ」感じで、私は、子供と先生とのやりとりをみせてもらいながら、私自身も発達障害について勉強をはじめました。