前回は、奴隷制度の背景には文化水準の違いがある

というところまででした。


奴隷制度を人類の歴史的な見地からみると、結構昔

からあった様ですが、当事者の双方が人間であるため

でしょうか、現代社会においては制度自体が禁止されて

いるのはご承知のとおりです。


まぁ、同じ民族間でも上下の序列関係が存在しています

が、それは機会があったら書くことにして、人種差別の

話を進めます。


奴隷制度の下では「買った人」と「買われた人」と明確に

立場が違っており、「買われた人」は残念ながら過酷な

労働を強いられただけでなく、人権、人格も認められない

存在だったようです。


その後、奴隷制度が廃止され、奴隷が開放されたにも

係らず、人種差別と形を変えてその精神だけは今の

時代にも脈々と伝わっていると言えます。

通常、制度が変われば社会は変わる筈なのですが、

なぜ残ったのでしょうか。


具体例を挙げて示すと・・・


「買った人」の子供が「買われた人」の要求に応じて水

を差し出したところを「買った人」(親)が見かけたので、

子供に「そんなことをする必要はない」と言ったとしま

しょう。


当然、子供は「なぜ?」と聞きます。


すると親は「肌の色が我々と違う人には、そういうこと

をしてはいけません」と答えたのでしょう。


「色の違い」という視覚の絶対的相違(子供でも間違い

ようがない違い)を示す、「O型」の合理的且つ明瞭な

説明があったのではないでしょうか。

さらに、親の教えを忠実に守る「A型」の生真面目さが

融合したため、長年に渡り伝わっているのでしょう。


既得権益を失いたくない・・・という考え方もあるかも

知れませんが、子供の頃に教わったことと大人にな

ってから教わったこととでは、その人の人生に与える

影響度合いには雲泥の差があります。


今は、さすがに親が子供に直接肌の色の違いについ

て教えることはないのでしょうが、子供は成長する過程

においてそれを子供なりに感じ、それが当たり前という

感覚で成長しているため、無くならないのだと思います。


すべて想像ですが・・・