夫は今日もいつもと変わらず
ルーティン行動をとる
随分歳を重ねた今も
自分のこだわりと
本人だけが理解できる秩序の中で
生きている
妻はその姿を見ながら
あの願い続けた日々を思うと
ため息まじりに笑ってしまう
「本当に不思議な人だった」
子どもが熱を出しても気づかなかった
学校から呼び出されても
何が問題なのかわからなかった
具合の悪い妻を見ても
「どうしたの?」の言葉すらなかった
悪意ではない
責任逃れでもない
本当にわからなかったのだ
ただ
“人を思う”という愛を
知ることができなかったのだ
だから妻は何十年も苦しんだ
夫と同じASDの子どもを育てながら
夫の分まで考え
夫の分まで悩み
夫の分まで頭を下げた日々があった
眠れなくなった
心も壊れた
何度も絶望した
少しだけでいいから
何も考えずに休みたかった
気づいてほしかった
窓の外では夕陽が沈み始め
その光に夫の背中が照らされた
人生の大半を振り回された相手なのに
理解できないことだらけの相手なのに
歳を重ねたその背中は
どこか寂しく見えてしまう
妻は思った
「この人はずっと この人だったのだ
最初から この人だったのだ
そしてこれからも この人なんだ」と
「疲れたな」
取り戻せない日々を思うその目には
涙が浮かんでいた
けれど
夕陽に光るその涙にも
やっぱり夫は
気づくことはなかった
