母は、生き残った。

 

 

死を選んだ母が、生き残った。

 

 

いや、
生き残ってしまったのかもしれない。

 

 

 

その後の母の苦しみも、
家族の苦しみも壮絶だった。

 

 

 

私は子供の頃からずっと、
母が何を考えているのかわからなかった。

 

 

母にとって家族を愛するということは、
ご飯を作ることや洗濯をする、
そんなことだった。

 

 

ずっと、さびしかった。

 

 

 

母は、なぜ私を残して、
いこうとしたのか。

死にたいのは私だったのに…

母はどこまでわがままで

自分勝手なのかと、
私は感情はなく思った。

 

 

 

それから私は、その答えを

探し続けるしかなかった。
そうでなければ、
私は母を恨み続けるしかない、
そう思ったから。




後に母には、
複雑な要素が絡み合った
特性があることに辿り着いた。

生まれ持った本能や感性から始まり、

誰かを心配し、
守りたいと思い、
幸せでいてほしいと願う、


そんな思いが様々な経験から、
“愛情”として育つ理性。


母にはそれがなかったのだ。

 

 

 

そして更には、
すべてを構成する脳の働きに、
ブレーキ機能ばかりが優先していた
ことを知った。



母には、何かがうまく
つながらなかったのだ。

 

 

 

あの日母は、私を
捨てようとしたのではなかった。

 

 

脳の働きが崩れ、

優先的に機能していた

ブレーキが効かず、
アクセル化してしまった。

 

 

 

母は、
死にたかったわけではないのに、
無情に導かれてしまったのだ。

 

 

 

 

長い時間かけて、
私はそう結論づけ、

恨みは終わった。

 

 

 

 

もし母に、

人を思う愛情という心が
自然に働いていたのなら、

 


母は家族を愛するという
ささやかな幸せを、
感じることができただろう。

 

 

 

 

あの日私が見上げた空。



あの色だけをまだ、

 

 

忘れられない。