自分で意思決定をするということは、当たり前のようで少し難しいことなのかもしれない。


事実、自分は今年の年始に、教員採用試験を受けるのかどうかということを決められなかった。


「小学校の教員を目指してきたものの、果たして俺が小学校の教員を目指す理由は何?」


そんなことを考えて、教員採用試験の勉強が手につかなくなった。





小学校の教員以外にも、魅力的な仕事はたくさんあるはずなのに、自分はただ教員という未来を絶対的に信じ、ある意味盲目的に信じ、その道を疑わなかった。他の世界を覗くことは十分にできたはずなのに、ひとつの道を信じたが為にそれもしなかった。こんなことを3年生が終わろうとしている今頃考えるなんて、遅すぎるよ。今から納得のいく答えを短時間のうちに見出す事なんてできるのか?時間が足りなすぎる。


ということを、2011年に入ってほどなくした頃に考えていた。

そして、もっともらしい理由をつけて大学院への進学を選んだ。

それはいわば「苦肉の策」だったのかもしれない。



そして今。


そんな、自分のひねり出した苦肉の策の限界を見ている。



大学院進学のそもそもの理由が、言ってしまえば「不純」なものであるから(つまり、研究が第一の目的ではないということ)、それと自分の中の正直な気持ちとが喧嘩を始めた。


すごく簡潔に言うと、大学院に行きたいという気持ちが、なくなってきた。

来年度からでも学校で働きたいという思いが強くなってきた。




年始に自分の中に生じた気持ちは、自信の無さから来たものだったのではないかと、最近になって冷静に振り返ることができるようになった。


今回教員採用試験受けて、仮に受かったとして、あと一年後に実際に教師として小学校で働けるかな…?


という、不安がとても大きかったのだと思う。


しかしそれは、ごく当たり前のことだろう。


何か新しい事に挑戦する時、何か新しい世界に飛び込んでいくとき。

少なからず怖いし、不安はつきものだと思う。




でも、だからと言って先延ばしにするのか。

本当にしたいことは何か。




不安だから。

自信がないから。


そんなことは抜きにして。




自分が本当にしたいことは何か。



それを、ただシンプルに考えればいいのではないか。


そうすれば、自分なりの答えは案外簡単に出るものだ。






ただ、それをすることが自分には少し難しかった。

だから、決断ができなかった。

教採用試験を受けることよりも、考える時間が欲しくて、逃げ道を探した。


大学院進学を、逃げ道なんて言い方するのはどうかと思うけど、自分にとっては本当に都合の良い逃げ道だった。


大学院に進学すること自体は、周りや世間からすれば必ずしも逃げることではない。

むしろ「偉い」と捉えられる事だって少なくない。

だから、自分にとっては「都合のよい」逃げ道なんだ。



事実、周りの友達もそんな自分を応援してくれた。

「そうなんだ」「すごい」と言う人たち。

考える時間が欲しいから進学すると、正直に言った友達もいる。

その友達も「間違いじゃない。がんばれ。」と言ってくれた。


そう、このような周りの友達がいたからこそ、自分は

「大丈夫だよな。間違ってないよな。」と、胸をなでおろして過ごすことができていた。






でも、やはり心は正直なんだな。


自分の表面上の意識じゃ、それこそ安心して大学院に進学するつもりでいられた。

しかし、心の奥には、やはり教師になりたいという思いが強くあったんだ。

どうしても、消えることなくそこには「教師になりたい」という夢があった。


心の奥から、「大学院で発達障害の事をもっと深く追求してみたい!」なんて思ってはいなかった。






ただひとり。

こんな俺の心のもやもやを、ズバリ指摘したヤツがいた。

3週間前。

彼の言葉は、あまりにも核心を突きすぎていた。

しかし、その時の自分は、その言葉に冷静に対処できなかった。

ブログを振り返っても分かる通り、あの時はすごく気持ちが沈んでいたから(笑)


それに、教採を勧める親にも

「教採は受けない。大学院に行きたい。どうしても行きたい。」

と無理に頼んだ手前、もはや後戻りはできない気持ちだった。




でも、今。

そんなことすらも抜きにして、本当に「自分は何をしたいのか」と自問する。


そうしたら、大学院に行きたいと、思わなくなった。思えなくなった。




そうなると教採を受けなかったことが悔やまれるが、それは仕方のない事。

曲がりなりにもそのときの自分の判断でそうしたことだから。


講師ができるなら講師をしたい。






正直に言って、ほとんど院試に向けての勉強は進んでいない。


もはや院試は三日後だと言うのに、何も迫るものがない。

さすがに受験を取りやめることはあんまりだから、とりあえず持てる知識で試験には臨もう。

そして、もし受かれば、蹴ろう。

そもそも、ここまで勉強していなければ受かることは無いとは思うが。





あぁあ。

親に無理言って大学院に行くことを許してもらっておいて、これはいけないな流石に。

周りが就活や教採の勉強しているさなか「院試は比較的易しいらしいから」と言って勉強しないでおいて、これはいけないな流石に。

最悪だなぁ。

でも、自分で納得行く最悪だな。

こんなの初めてだ。

やっと自分に本物の責任感が芽生えてきたか?

不思議と、後ろめたさはない。


しかし、もし講師の採用すら無かったら、いやだな。

昨夜、実家の母から電話がかかってきた。


「U君が今帰ってきとるよ。だいちゃんは?っち言いよったけ、電話しなさい。もう明日行ってしまうっちよ。」

とのことだった。



U君とは、私の実家での大切な友達だ。

U君は自分より2つ年下で、家は私の実家から道を挟んでお向かいにある。


現在は東京の大学へ行っている。




そんな彼とは、もうしばらく会っていない。

陸上の成績が優秀だった彼は、遠くの高校へ行った。

その時から、帰ってくるのは盆と正月くらいという状態だったので、もはや立派なレア人間になっていた。



そんな彼が実家に帰ってきているというのだから、今私が佐賀に居ることが悔やまれる。

とりあえず、電話をしようとしたが…



なんと、携帯電話の番号が登録されていない!


考えてみれば、彼が携帯電話を手に入れたであろう時、彼はすでに遠くの高校の寮暮らし。

番号の交換なんて、してないはずだ。



しかし、これはやはり心の友ともいうべきか。

私は彼の実家の電話番号を記憶していた。

されば、実家へ電話をかけた。



すると彼の妹が出て、留守をしらせてくれた。

かれはSちゃんという、これまたわれらの心の友の家を訪れていた。

しめたと思い、彼の携帯電話の番号を教えてもらった。

そして彼に電話をかけた。


留守電になっていた。

Sちゃんに電話すると、通じた。



Sちゃんは、私よりも4つ年下だ。

Sちゃんと話し、U君とも話した。


今度、呑もうねと言ってくれた。












それを聞いて、私はある約束を思い出した。


まだ私たちが小学生だった頃の約束。


「みんなが20歳になったら、焼鳥屋さんに行ってビール飲もうね。」

そんなことを約束した。


ずっと先のことだと思っていた。

それが、あと3年後になっている(Sちゃんは現在高校3年生)。



しかし、きちんと待つものか!?

約束だから、守るかな?






ともかく、わたしはその時の電話一本で、心を実家に帰した。

それはすなわち、心をあの頃へ帰したことにほぼ等しい。


みんな、また会おう。



あした天気になあれ

あした天気になあれ
11か月前に書いたブログを読み返した。


あの頃の気持ち思い出してしまった…





やはり………



結局永遠の片想い

あなたのことが好きです






ところで、これもちょうど1年くらい前だったか


何かの雑誌の表紙に、ある女の子が載っていた。


名前を調べると、「小池里奈」という子だった。


ずいぶん、自分よりも年下の子であった(4歳下)。


しかしこの子が、妙に引っかかった。


それは、いわゆる例の、自分が想いを寄せていたあの子に、どこか似ていたからだ。



表情によってはかなり似ていた。



またある表情では、そこまで似てはいないが、やはりなにか心に残る。






そして、今日気がついた。


なぜ、あの子に似ていない表情の時でも、なんとなく心に残ったのか。



それは、高校の時に好きだった子にも、似ているからだった。


うん、よく似ている。




俗な言い方をすれば、その表紙の子は


「あの子とあの子を、足して二で割ったような感じ」なのであった。





しかし、そんな風に別の人におもかげを探しても、違うものは違うんだなぁ。



そして終わったと思っていることに、いつまでもぶら下がるのは、無駄なことだ。

勉強しないか。


今は、勉強に専念すべきだろう。