カズオ・イシグロの作品を朗読で聴いている。遠い山なみの光、日の名残り、わたしたちが孤児だったころ、に次いで、これで4作目。

 物語のはじめ、老夫婦が息子を訪ねて旅に出る。程なくつくと思いきや、旅は波瀾万丈、二人は体力消耗していくが、妻の方が重い。

 最後、夫アクセルが、船頭と仲直りしてくる、と言いながら妻のベアトリスの乗っている船から離れて船頭の方に向かうのだが、船頭のかける言葉に答えもせず、通り過ぎてしまう。これには困惑したが、読者はなぜこうなるのか、と疑問を抱いて、ネット上で議論を集めているらしい。

 AIとこれについて問答を重ねているうち、映画「カサブランカ」の最後のシーンと重なってきた。
 俺は思い出に生きる、というハンフリー・ボガート。アクセルは、おそらく妻はもはや回復しない、それなら、苦しい旅路を共にした妻との思い出を大切にしていこうと決心をつけようとしていて、船頭の言葉は耳に入らず、背を向けて向こうを見ていたのではないだろうか。

 AIは、
・・・「君の瞳に乾杯」とアクセルの沈黙: ミックが言葉で愛を封印したのに対し、アクセルは沈黙によって、語り尽くせない二人の歳月を封印したのかもしれません。・・・
 と語ってきた。

 息子を訪ねる短い旅だったはずが、二人のそれまでの人生の縮図のようになったこと、どんなに仲睦まじい夫婦でもいずれ別れなければならない、それも確実に。聴き終わって、私たち二人の来し方行く末を思わずにはいられなかった。

 AIは最後に、
・・・次は、同じくイシグロの『わたしを離さないで』を手に取られるのはいかがでしょうか?「思い出」と「運命への受容」というテーマがさらに深く、切なく描かれています。・・・
 などとも言ってきた。
 
では、次はこれにしようか。