井筒屋珈琲店を検索して営業しているかどうか見てみたら地図が出てきた。確かこの辺に今川義元の墓所があったと思い出して探すと、その墓所のすぐそばに一色刑部の墓というのがあった。
一色刑部とは、調べると、一色時家、もともとは関東の鎌倉公方(足利持氏)に仕えていた。しかし、1438年に起きた将軍家との抗争「永享の乱」で主君が敗北したため、鎌倉を逃れて同族の三河守護・一色氏を頼り、三河国へと落ち延び、1439年、現在の豊川市牛久保町周辺に「一色城(長山一色城)」を築き、この地の一帯を支配する拠点としたが、1477年(文明9年)、自らの家臣であった波多野全慶の謀反(裏切り)に遭い、一色城で殺害された、ということだ。
一色城はこの墓所のある大聖寺一帯にあったということだ。
なお、永享の乱では叔父の一色直兼は、相模国の称名寺付近で幕府軍に攻められた際、永享10年11月7日に自害した、とあった。大変なことだったと思うが、戦国の世ならそれも多々あったことかもしれない。
波多野全慶について調べると、波多野全慶は生年不詳、平安末期に相模国波多野荘(現:神奈川県秦野市)を領した波多野義通の子孫で、その祖先は藤原秀郷、かつて坂東八州に謀叛した新皇・平将門を討伐した豪傑だったという。
義通から九代目の子孫となる波多野行近が三河国宝飯郡御津荘に移住して大沢城(愛知県豊川市御津町豊沢(秋葉神社および西豊沢公民館の南側一帯))を築き、以来波多野家の居城となった。全慶は行近から更に十代目に当たり、その俗名は波多野時政。この「時」の字は主君である一色時家(刑部少輔)から拝領したものだという。
一色時家は上記のように、鎌倉公方の足利持氏に仕え、相模国守護となったが、永享10年(1438年)に永享の乱が勃発。足利持氏が自害したため、三河国にいた一族を頼って落ち延び、永享11年(1439年)に一色城を築いており、波多野時政がその被官として臣従したという。
そして、応仁元年(1467年)に応仁の乱が勃発すると、一色一族は西軍に与して挙兵。文明8年(1476年)9月に三河守護代の東條国氏を攻め滅ぼすなど奮戦した。
東条国氏は細川成之の被官であり、かつて細川氏に三河守護を奪われた一色一族が、混乱に乗じて反撃を仕掛けたのだが、中央での合戦は西軍総大将・山名宗全が撤退したことで実質的に西軍の敗北。三河で戦っていた時家らは大いに力を落とすこととなった。
細川氏より寝返りを打診された全慶は、母親が細川氏の出身だったこともあり、文明9年(1477年)に叛旗を翻した。
主君を討ち滅ぼした全慶は、時家と同じ刑部少輔を自称。その遺領を乗っ取った。
戦国乱世、新興勢力として台頭してきた戸田氏や松平(後に徳川)氏などと群雄割拠を展開していた全慶だったが、明応2年(1493年)にかつて同僚であった牧野成時に討たれた、ということだ。
二転三転の戦国乱世、という印象。
波多野一族は江戸時代以降もその命脈を受け継いでおり、名族の誇りを現代にまで伝えているという。
上記は主にhttps://mag.japaaan.com/archives/183664/3より。このサイトは秦野市史編さん委員会 編「秦野市史研究 第18号」秦野市、1998年3月などを参照している。
秦野市は神奈川県、それでは今回の台風被害は、と調べると令和6年8月末の台風10号の被害があったそうだ。
さて、藤原秀郷は豪傑だったということだが、平家物語に出てくる宇治川の合戦(1184年)で鎌倉の東国武将たちが激流を渡りきれたのに対し、それに続いた平家の武将の多くが流されてしまったというくだりを思い出した。NHKの「おしゃべりな古典教室」でちょうどそこをやっていた。
「荒波に耐える頑丈な馬」「経験に裏付けられた渡河戦術」「日常の過酷な訓練」という3つの要素が組み合わさった結果、東国武将は宇治川を突破でき、平家(京慣れした兵)は翻弄された、ということだ。坂東(関東)の武士たちは、日常的に山野を駆け巡り、氾濫する荒川や利根川などの大河を馬で渡る訓練(または実生活での経験)を積んでいたが、長く平和な都の生活に馴染んでいた平家の武将たちは、整備された道での乗馬には慣れていたが、鎧の重みを背負ったまま激流を馬で突破するという経験が圧倒的に不足しており、先陣が川を渡れたので、ならばと進めたのが甘かった、ということだ。
しかし、後白河天皇の第3皇子以仁王は、平氏軍に宇治川を渡られて敗北し、源頼政は自害、以仁王も逃走途中の奈良近郊で討ち取られた、ということだ。
この辺り、実際に自分で行って往時を偲んでみたい気もするが、思うだけ。ストリートビューで見るのがせいぜい。
井筒屋珈琲店が今日やっているかどうかを発端に、図らずも地元の歴史を知ることとなった。
ちなみに、思いつく近場の珈琲店、井筒屋珈琲店、ブックカップ、渡辺珈琲店、カフェフリークなど。それぞれ休憩場所として良いところ。
今度行ってみたいところ、石巻の喫茶早川。
休憩というのは、自由な時間と自由なお金があってできること。お金の多寡は関係ない。それは旅行であってもいいし、映画鑑賞やいつもと違うところでの買い物であってもいい。ともかく、自由な時間と自由なお金、これが人生では必要不可欠だ。
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