使用者(会社)の指定により年次有給休暇が付与される制度が今年度から始まった。
本来は労働者が休む日を指定して手続きをするものだが、この例外として以前から労使協定による計画的付与という制度がある。計画的付与は年休のうち5日を超える部分をあてることができる。
今回新たに加わった使用者による付与制度により、年休が10日以上ある労働者に対して毎年5日分が付与されることとなった。
長時間労働、過重労働が問題視されているにもかかわらず、相変わらず年休消化率が低い現状を変えようとする目的があるそうだ。付与は使用者の義務であり、違反には罰則がある。
なお、使用者が付与するに際しては、その時季について労働者の意見を聞き、希望に添えるように努めることとされている。
また、使用者は年休管理簿を作成し3年間保存することとされている。
私が就職して初めて年休をとる時、「年休処理簿」を使うと教えられた。その時、以前は承認簿となっていたが、年休を取るのは権利なので処理簿と変わった、と言われた。処理簿は表紙が黒い厚紙で、金文字で確か「年次有給休暇処理簿」か「年休処理簿」と大きく刻印されていた。「処理」という文字に自然注目した。
私が就職したのは昭和50年代、40年以上も前のことだが、年休については昭和48年3月に最高裁判決が出ていた。「白石営林署事件」と言われるものである。
一部のみの引用は誤解を招く可能性があり原文に当たっていただきたいが、判決は、「・・・年次有給休暇の権利は・・・要件が充足されることによつて法律上当然に労働者に生ずる権利・・・労働者の請求をまつて始めて生ずるものではなく・・・」としている。
そして、「年次休暇の成立要件として「使用者の承認」という観念を容れる余地のないことは・・・判示したとおりである。」ともしている。
年休は使用者が承認するまでもない、ということである。無論、事業の正常な運営を妨げる場合は時季が変更されることはある(判決では「・・・他の時季に変更させることができる・・・」としている)ものの、申請と承認という関係ではない。おそらく、私の職場ではこの判決を受け、組合からの申し入れもあったかとは思うが、承認簿から処理簿に変更がされたのであろう。その後、紙の帳票による処理はなくなりパソコン処理となって、「処置簿」という金文字を見ることもなくなって、こういう認識はほぼなくなってしまったようだが、就職した当初に言われたことなので、印象に残っている。まだ白石営林署事件がホットな時期だった。
年休の権利について最高裁によって示された、6ヶ月間の継続勤務及び全労働日の8割以上出勤という客観的要件の充足により法律上当然位発生する「年休権」並びに既に発生している年休の権利について、年休の具体的時季を特定するための「時季指定権」とからなる、という見解は、二分説と言われている。
また、この判決では、年休の利用目的について、「年次休暇の利用目的は労基法の関知しないところであり、休暇をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由である、とするのが法の趣旨であると解するのが相当である。」ともしている。
私は、年休に関する原点をここに見ることができると思う。
当時はこの種の、労組による労働条件をめぐる法廷闘争が盛んで、時々ストライキもあった。電車が動かないので学校に歩いて行ったこともあった。それが今では様相がガラリと変わった。労組組織率は10%台後半まで下がり、個々の労働者によるパワハラ、セクハラの提訴が目立ってきているそうだ。
ともあれ、年休は労働者の権利、ということは、改めて確認しておきたいところである。