2月遅れで収支を締めている。1月分の収支を確認した。親睦会など会費の天引きがいくつかある。併せて1万円弱、これがもうなくなった。最も多いのは課の親睦会。幹事役を務めていた人の顔が浮かぶ。最後の話をうなずきながら聞いてくれた。やはり優しい人だった。いや、みな静かに聞いてくれた。皆優しかった。暖かい職場だった。終わりよければ全てよし。良い思い出が残った。良い職場であったのだ。
  前日、鞄の中身を出していて急に悲しくなってしまった。不意なことだった。もうこの鞄で通うことはないのだ。さっきまでの日常が石膏で固められたように、石や岩のように動かぬ、変わらぬものとなった。それまでは毎日同じ日がやってきて、昨日のことも今日のことも同じだった。昨日は今日のこの今につながっていた。それが、今のこの時の流れと切り離され、どんどん遠ざかっていく。正真正銘の過去となった。心に重いものを感じた。この重さが過去の重さなのだろうか。これもやがて軽くなる。それが悲しいのだろうか。この夜は中々寝付け なかった。
 毎朝電車を待つMさんの姿をあのホームでもう見ることはない。帰りも同じ電車だった。階段を上っていくその後ろ姿をもう見ることはない。夏の暑い朝の日差しを浴びながら職場に向かうあの姿をもう見ることもない。1年間隣の席で過ごした。1年のことなのだが、疾患をかかえていたこともあるのか、Mさんのことが思い出されて仕方がない。家庭菜園のことをよく教わった。
  鞄を見ながら、これまであったことが一気に感じられたようで、それが過去になったことを知って、 一瞬にして感慨に沈んでいったのだろう。
  これまでいろいろな節目があった。その都度同じような思いに駆られたはずなのだが、 今回は、質が違う。過ぎ去った過去と見るには、大きすぎ、深く根付いている。過去なのだが、この先もずっと脇を流れているかのようだ。これからも、先に進むには前を見ていかなければならない。そこには横を流れる過去も見えている。そんな感じだ。