為愚痴物語というのがある。鎌倉時代に成立したとされる説話文学で、人間の愚かさや欲望、世の無常をテーマにした物語集ということだが、この中に、「欲に溺れる人間」を描いた一話があるという。
その一節は、
「ある男が、一人の女に心を奪われた。昼も夜もそのことばかり考え、他のことは何一つ手につかない。女の心はすでに自分から離れているのに、それを認めようとせず、ますます執着を深めていった。
人々はそれを見て「あまりにも愚かである」とあきれたが、男自身は少しも気づかない。やがてすべてを失って、初めて自らの過ちを知るのであった。」
と言う話だ。
言い換えると、
「ある男が、美しい女性に強く執着する。しかしその愛は次第に常軌を逸し、相手の心を顧みない一方的な思い込みへと変わっていく。やがて男は、理性を失い、周囲からも見放され、ついには自らの人生を損なう結果となる。」となろうか。
なんだか、最近起きた痛ましい事件にあまりによく似ているので、驚いた。
この話の核心は、「人は自分の欲望を正当化してしまう」という点にあるように思う。
男は最初、単に恋をしただけである。しかしその感情が強まるにつれ、
・相手の気持ちを見なくなる
・現実を認めなくなる
・自分の都合のよい解釈に閉じこもる
という状態に陥る、といえまいか。
結局、「人間は、自分が愚かであることに気づけない存在である」、そして、もっと肝心なことは、「執着が判断力を狂わせる」となろうか。
これは、人生上の普遍的なテーマかもしれない。
すると、
・一歩引いて自分を見ること
・他人の意見に耳を傾けること
・欲望にブレーキをかける仕組みを持つこと
これらごく平凡な事柄が、やはり重要なのだろう。
この物語集は、鎌倉時代の説話でありながら、現代にもそのまま通じる鋭さを持っていると、しみじ痛感される。
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