アレクセイ・ヤグディン 2003-Farewell-Memorial



2002,ソルトレーク五輪で、ヤグディン は タチアナ・タラソワ さんと力を合わせて金メダルを獲りました。

この ‘メモリアル’ は、長野五輪の時 (1998) アイスダンスの グリシュク・プラトフ 組 の為にタラソワさんが振り付けた作品です。

タラソワさんの 代表作の一つ。 ヤグディン選手用に 少し 作り直されていますが、それを、プラトフさんが担当しています。 そして、衣装は、リンクサイドから演技をみつめる タラソワ さん と ペアではないでしょうか。 彼等はファミリーなのですね。


イーグルの時のポーズには、浅田真央さんの ‘鐘’ が思い浮かべられます。 他にも、幾つか、似た動きがあります。

真央さんは、本当に、タラソワファミリーの芸術の継承者です。



シニア一年目のNHK杯で、199.52 点 という高得点をマークし、ファイナル出場を決めて、「豊の部屋」 でのインタビューに答える 浅田真央選手です。


私は、忘れられません。

この 2006-2007 のフィギュアスケートのシーズンで、浅田真央 さん のジャンプを見た時の衝撃を。

‘あっ’ と思う その刹那には、もう、子供の背丈程の高さに身を浮かせ、変身した その 空宙の 何か が回転して、そして、音もなく 又、リンクに降りてくる。

目の前で、時の流れが止まる、或いは変わる、不思議な感じです。

浅田真央さんのジャンプは、人間の領域を越えた凄い技だと思います。 彼女だけに具わっている美しい技です。

この動画の、「豊の部屋」 でも、彼女はベタ誉めされています。


ところが、「浅田真央 さらなる高みへ」 という本を読んで、私は初めて知ったのですが、アウトサイドで踏み切ることになっているルッツというジャンプで、浅田真央さんは ロング(不正)ジャンプ の判定をされていましたが、

  (- - - テレビで見ていて、私にはよく分かりませんでした)。

それは、浅田真央さんのエッジは、助走ではちゃんとアウトサイドになっているのですが、踏み切りの直前の0コンマ何秒という短い間に、インサイドに変わっている、と、ジャッジに判断されていた、ということでした。

ジャンプの時にグリ押しがある、というようなことですが、それが一体何だというのか、と、私は思いました。

そんなことが、浅田真央さんの美しいジャンプを減点する理由になることでしょうか。 そもそも、転んでもいないジャンプを認めようとしないジャッジの方こそ、不正 ではないでしょうか。


とにかく、選手の長所も個性も台無しにしてしまうような、そんな判定を、彼女はされ続けていたのです。


昨シーズン、ジャンプの修正を目標にした浅田真央さんに、この「豊の部屋」の、某豊さんは、ことばを掛けようとして、泣き出してしまいました。 その姿に、その時は、私は驚いてしまっただけでしたが、今は、私にも、涙ぐむ訳が分かった ように思います。

あんなに綺麗で凄いジャンプなのに、意地悪なジャッジの云うことをきいて、変えようだなんて、何て、健気なのか、

 ー ー ー と、きっと、そういう気持ちなのです。

Mao Asada - 2008 Worlds SP (ESPN)



2008年、スェーデンのイエティポリで行われた世界選手権での、浅田真央選手のショートの演技です。


 キス&クライを降りると、そこにタチアナがいた。「上手に滑ってくれてありがとう」と抱きしめられた。


ー ー と、『浅田真央 さらなる高みへ』 という本に 書いてありました。


‘ヴァイオリンと管弦楽のためのファンタジア’(ラベンダー) は、この後に彼女のコーチに就任した タチアナ・タラソワ さん が振り付けたものでした。

このシーズンのフリープログラムは ショパンの ‘幻想即興曲’、この二つのプログラムで、シニア2年目の浅田真央さんは 17歳にして 世界女王 のタイトルを獲りました。

世界的に有名な ロシアの名コーチで、このプログラムの振り付けをしてくれた人でもある タチアナ 本人 から、「上手に滑ってくれてありがとう」 と、抱きしめられながら言ってもらう、

私には、そんな光景が、雲の上の出来事のような、この浅田真央さんの演技と同じ位に、この世のものとも思えない、妖精の国で行われたこと、遠い、憧れが一杯の世界の出来事のように、そんな風に思われるのです。


これが、バンクーバーオリンピックへの階段を上がる、その初めのセレモニーだったのだと 私は思います。