夕べ、ピアニストの中村天平さんのコンサートに行ってきました。
滅多にないことだけど、どうしても生で聴いてみたくなったのです。
東京文化会館の小ホールでしたので、650くらいの席がほぼ満席。
こじんまりとした、スタインウェイの音を聴くにはいい感じのホールでした。
予想通り素晴らしくエネルギーがほとばしるようなキラキラした楽曲に、
楽しくて気さくなお人柄がよくわかるおしゃべりでとても心地の良い2時間半でした。
家や職場で音楽を聴いても、なにかをやりながらということが多いので、
音にどっぷりと浸かって想いを巡らせるなんてことはないのですが、
コンサートホールで聴くと、聴く以外になにもすることがないので演奏中に様々なことが頭をよぎります。
最初のうちはあまりのエネルギーに圧倒されていたのですが、
だんだん耳や目が慣れてくると、心に集中することができます。
楽しいトークは、次に彼が弾く曲がなにを表現しているのかをとてもシンプルに語ってくれるのですが、
聴いているうちに自分が若かったころのことや、
母が亡くなったときの情景などが次々と思い浮かび、なんとも懐かしく温かく優しい時間になりました。
そして、わたしはなんてもったいなく生きていたんだろう!と、思ったのであります。
ああ、もったいなかった。
でも、これからもったいなくなく、ありがたく生きよう!
なんていうふうに、思ったのでありました。
CDを買って、サインしてもらって、握手をしてもらいました。
あんなにエネルギッシュに鍵盤を叩くというのに、ふわふわの柔らかい手でした。
中村天平さん
最近わたしが考えているのは、『予感商法』(笑)。
我が家の食いしん坊犬、ミカミくんと一緒に考えました。
ミカミはいつも、わたしが犬のごはんを作っているあいだ、
私と一緒にキッチンに立ってわたしの料理する様子をじーーーーーーーっとガン見して観察しています。

そして、いつもいつも、
「チキショー、今日もすごく美味しい予感がするろ!」
と、できあがるまで待てない気持ちをブツブツ言っています。
「でもさ、美味しい予感って、まだ見ぬ未来を期待いっぱいに想像するとても素敵な感覚だよね。」
「チキショー! でも早く食いてーろー!」
「でもさ、美味しい予感は未来を創造するよね。」
「おぅ、そうなんだ。いまだかつて経験したことのない美味しい味を想像すると、よだれが出ちゃうろ!」
「世の中にはさ、ミカミみたいに毎日ちゃんとゴハンを食べられない犬たちもいっぱいるんだよ?
その子たちにも、そんな未来をプレゼントしたいよね?」
「おぅ、しかもよ?
これから生まれてくる子犬たちが元気で健康に暮らしていくための美味しいごはんの未来が必要ろ。」
「だよね。赤ちゃんはお母さんが食べたものをダイレクトに吸収して生まれてくるもんね?」
「おぅ、未消化のタンパク質、酸化した油、添加物の多い食べ物を食べているお母さんから血液をもらうからな?
7世代先まで見越してちゃんとしたゴハンを食べないとな?」
「じゃあさ、素材が安全で健全じゃなくちゃ始まらないよね。
どうやって健全な食材を生産し、購入できるようにするかというとこから始まらないとね。」
「おぅ、オレんたらぁは、そんな生産者を探して、そこから買うんろ?」
「そうだよ、いつも探してるんだよ。それにしても美味しい予感は未来の味を想像するよね。
こんな味あったらいいな、あんな味あったらいいなって考えるもんね?」
「おぅ、それでキチドクでデリを売ろうぜ? オレんたらぁで美味しいだろうなーって予感をさせるデリを販売するんろ。」
「予感商法だよね」
「おぅ。。。」
まあだいたいこんな会話からキッチンドッグの商品は生まれるわけですが、あながち冗談なわけではありません。
料理の仕方だけではなく、まず食材がありきです。
海のもの、山のもの、畑のもの、田んぼのもの。
日本をとりまく環境どころか、世界をとりまく地球規模の汚染や農業、漁業、林業の破滅に向かう効率重視の方法で、
もはやわたしたちが食べるものは個人ベースで安全に気をつけると言ったって意味がない状況になりつつあります。
ニューヨークのレストラン、Blue Hill シェフのDan Barber 氏は言います。
「食べ物をおいしくする方法は、集約的な農業・漁業・林業ではなく、粗放的なものだ。
健全な生態系こそが、未来の美味しい食べ物のレシピだ。」


我が家の食いしん坊犬、ミカミくんと一緒に考えました。
ミカミはいつも、わたしが犬のごはんを作っているあいだ、
私と一緒にキッチンに立ってわたしの料理する様子をじーーーーーーーっとガン見して観察しています。

そして、いつもいつも、
「チキショー、今日もすごく美味しい予感がするろ!」
と、できあがるまで待てない気持ちをブツブツ言っています。
「でもさ、美味しい予感って、まだ見ぬ未来を期待いっぱいに想像するとても素敵な感覚だよね。」
「チキショー! でも早く食いてーろー!」
「でもさ、美味しい予感は未来を創造するよね。」
「おぅ、そうなんだ。いまだかつて経験したことのない美味しい味を想像すると、よだれが出ちゃうろ!」
「世の中にはさ、ミカミみたいに毎日ちゃんとゴハンを食べられない犬たちもいっぱいるんだよ?
その子たちにも、そんな未来をプレゼントしたいよね?」
「おぅ、しかもよ?
これから生まれてくる子犬たちが元気で健康に暮らしていくための美味しいごはんの未来が必要ろ。」
「だよね。赤ちゃんはお母さんが食べたものをダイレクトに吸収して生まれてくるもんね?」
「おぅ、未消化のタンパク質、酸化した油、添加物の多い食べ物を食べているお母さんから血液をもらうからな?
7世代先まで見越してちゃんとしたゴハンを食べないとな?」
「じゃあさ、素材が安全で健全じゃなくちゃ始まらないよね。
どうやって健全な食材を生産し、購入できるようにするかというとこから始まらないとね。」
「おぅ、オレんたらぁは、そんな生産者を探して、そこから買うんろ?」
「そうだよ、いつも探してるんだよ。それにしても美味しい予感は未来の味を想像するよね。
こんな味あったらいいな、あんな味あったらいいなって考えるもんね?」
「おぅ、それでキチドクでデリを売ろうぜ? オレんたらぁで美味しいだろうなーって予感をさせるデリを販売するんろ。」
「予感商法だよね」
「おぅ。。。」
まあだいたいこんな会話からキッチンドッグの商品は生まれるわけですが、あながち冗談なわけではありません。
料理の仕方だけではなく、まず食材がありきです。
海のもの、山のもの、畑のもの、田んぼのもの。
日本をとりまく環境どころか、世界をとりまく地球規模の汚染や農業、漁業、林業の破滅に向かう効率重視の方法で、
もはやわたしたちが食べるものは個人ベースで安全に気をつけると言ったって意味がない状況になりつつあります。
ニューヨークのレストラン、Blue Hill シェフのDan Barber 氏は言います。
「食べ物をおいしくする方法は、集約的な農業・漁業・林業ではなく、粗放的なものだ。
健全な生態系こそが、未来の美味しい食べ物のレシピだ。」


イギリス人の有名シェフ、ジェイミー・オリバーの『Jamie Does』というテレビ番組シリーズを観ました。
ジェイミー・オリバーが、モロッコやスペイン、スエーデン、イタリアなどの色々な国に行って、
現地の人たちの食生活を経験し、そこから発想を得て自分なりのメニューを
現地で料理するという内容のシリーズ番組です。
ジェイミー・オリバーがおしゃべりをしながら料理をするのがとても面白いのですが、
何本も続けて観てみると、いかに彼のお料理がおいしいかがよくわかってきます。
レシピは、彼が口頭で「テーブルスプーン8杯の塩と、テーブルスプーン4杯の砂糖と...」
という風に喋りながら作っていくのですが、実際には量ってやっているわけではなく、
塩も砂糖も袋から適当にバサバサっと出してかけています。
本当に美味しい料理とは、そのようにぴったりときり良く量れるものではないと私も思うのです。
レシピを書かなくてはいけないときには、〇〇を何グラム、××を何ミリリットル...と、
一番近い数値で書きますが、美味しさというのはそんなにきり良くいかないものです。
指先でつまんで加えてみてもう少しかな?と感じたり、足りないな?と感じたりするもの。
しかも、食べる人のその日のそのときの顔を見て多少変えたりする、そういうもの。
大切なのは、そのセンスなのではないだろうか。
だから、全く同じレシピでも作る人によって出来上がるものは違ってくるのですよね。
美味しく作れる人の手というのは、そのセンスがビリビリと敏感なのだよなあ、と思う映像でした。
そして、ジェイミーが持つ才能の最もたるものは、肉や魚をマリネードするときの手から放つ『氣』です。
それは、付け合わせのための数種類の野菜をドレッシングで和えるのにも放たれているのが見えます。
そして、一枚の皿に盛りつけるときの最後の瞬間にも、目から放たれている!
料理を作るときには、そのくらい「美味しくできるよ」という心意気が
自然と全身にみなぎっていないと意味がないなと思うのです。
ジェイミーの言葉を借りるなら、
「Beautiful !!」
です。
ジェイミー・オリバーが、モロッコやスペイン、スエーデン、イタリアなどの色々な国に行って、
現地の人たちの食生活を経験し、そこから発想を得て自分なりのメニューを
現地で料理するという内容のシリーズ番組です。
ジェイミー・オリバーがおしゃべりをしながら料理をするのがとても面白いのですが、
何本も続けて観てみると、いかに彼のお料理がおいしいかがよくわかってきます。
レシピは、彼が口頭で「テーブルスプーン8杯の塩と、テーブルスプーン4杯の砂糖と...」
という風に喋りながら作っていくのですが、実際には量ってやっているわけではなく、
塩も砂糖も袋から適当にバサバサっと出してかけています。
本当に美味しい料理とは、そのようにぴったりときり良く量れるものではないと私も思うのです。
レシピを書かなくてはいけないときには、〇〇を何グラム、××を何ミリリットル...と、
一番近い数値で書きますが、美味しさというのはそんなにきり良くいかないものです。
指先でつまんで加えてみてもう少しかな?と感じたり、足りないな?と感じたりするもの。
しかも、食べる人のその日のそのときの顔を見て多少変えたりする、そういうもの。
大切なのは、そのセンスなのではないだろうか。
だから、全く同じレシピでも作る人によって出来上がるものは違ってくるのですよね。
美味しく作れる人の手というのは、そのセンスがビリビリと敏感なのだよなあ、と思う映像でした。
そして、ジェイミーが持つ才能の最もたるものは、肉や魚をマリネードするときの手から放つ『氣』です。
それは、付け合わせのための数種類の野菜をドレッシングで和えるのにも放たれているのが見えます。
そして、一枚の皿に盛りつけるときの最後の瞬間にも、目から放たれている!
料理を作るときには、そのくらい「美味しくできるよ」という心意気が
自然と全身にみなぎっていないと意味がないなと思うのです。
ジェイミーの言葉を借りるなら、
「Beautiful !!」
です。
最近、わたしが大ファンになった人は、中村天平さんというピアニスト。
もうそれはそれは素晴らしい、ほとばしるような才能の持ち主だと
私は思うのですが、彼の素晴らしさを幅広くしているもののひとつが、
彼の自由でゆったりしたリラックス度と、
ピアノ以外にキラリと光る写真や絵に対する感性と才能です。 決して意識してよく撮ろうとしているようには見えず、
ただ彼流に撮るとそんな写真になる、というような。 そういうのを、私は最近『生きていくセンス』と、名付けているんです(笑)。
この、『生きていくセンス』をどう磨けるのか、自信をもってリラックスして、
世界に対処できてこそ、世界を、人生を楽しめると思うのです。
中村天平ブログ
彼のブログの中にある一説を読んで、わたしはココロが踊りました!
彼が曲を作るわけについて、わたしが絵を描くのとほぼ同 じ意味合いの理由が書かれていたからです。
こういうのを発見すると、すごく嬉しいなあ。
千葉の山の中に行ったら、路端の八百屋さんで紫キャベツを売っていました。
わたしは紫キャベツとアーリーレッド(紫玉葱)が大好きです。
お昼になるまえに穫れたての野菜を買い、夕暮れどきに晩ゴハンのために
サクサクと千切りにするシアワセといったらこの上ない。
サクサクと千切りにするシアワセといったらこの上ない。
初夏の夕暮れどきには、特別な美しさがあると感じるのです。
『プルキニェ現象』という言葉を聞いたことがおありでしょうか?
薄明視という、明所視と暗所視の組み合わせで、視感度がずれる現象のことです。
初夏の日暮れ前くらいの光量の時間帯には、青色に近い波長域で視感度が
高くなるため、花や野菜の青紫系の色が鮮明に見えるようになります。
高くなるため、花や野菜の青紫系の色が鮮明に見えるようになります。
梅雨前の爽やかな湿度、日中ほど高くない心地よい気温に加えて、
日が沈む前後に鮮やかに浮かび上がる野菜の紫色は、
なぜだか私の心を幸福感でいっぱいにしてくれるんです。
日が沈む前後に鮮やかに浮かび上がる野菜の紫色は、
なぜだか私の心を幸福感でいっぱいにしてくれるんです。
きっと、ラベンダーやペチュニアの花なんかもきれいに見えるのでしょうね。
ところで、この紫色の正体は抗酸化物質のアントシアニンです。
糖鎖の構成の差によって11くらいの種類に分けられるのですが、
その中に『ペチュニジン』とか『デルフィニジン』とかいう名前も見られるので、
ペチュニアとかデルフィニウムのような青い色の花はこのアントシアニジンを持っているんでしょうね。
その中に『ペチュニジン』とか『デルフィニジン』とかいう名前も見られるので、
ペチュニアとかデルフィニウムのような青い色の花はこのアントシアニジンを持っているんでしょうね。
この色素の部分は、ph(ペーハー)によって赤色系から青色系に変化します。
酸性の条件下では赤に近い色になるし、アルカリ性になるにしたがって青色になります。
ということは、赤いアントシアニンをたくさん含む野菜を食べたら、
ストルバイト結石になりやすい犬には少しでも助けになるのだろうか?
なぁーんて考えながら、紫キャベツをサクサクと切り、ワンコたちのゴハンを作るシアワセ。ストルバイト結石になりやすい犬には少しでも助けになるのだろうか?
この時代の、この星の、この国に生まれてきてシアワセだなあと、つくづく思う初夏のワタシ。
(あくまでも今現在のところ。
この先大地震や大恐慌が起こったりしたらまた別だけどね。)

