PLO後継者決定
Fujisankei Business i:PLO議長にアッバス氏
アラファト氏が亡くなり、PLO(パレスチナ解放機構)の後継者は穏健派のアッバス氏に決まりそうだ。
後継者の目処がたったから、アラファト氏の死亡を報道したような印象をうけないでもない。
しかし、穏健派のアッバス氏が後継者となることをよしとしない過激派のメンバーとの対立が激しくなっていきそうである。
そもそもPLOとはどのような団体なのか少し調べてみた。
PLOはパレスチナ・アラブ人を代表する組織として1964年5月に設立された。
これによって一部ではパレスチナ独立のため、イスラエルとの交渉ができると希望的観測を持ったそうだが、実際にはイスラエル、PLOがお互いに存在を認めず、全く話し合いにならなかった。
交渉にならないのなら、何のために設立された組織なのか?
PLOはアラブの英雄ナセル大統領の肝いりで設立されました。
そこに、これまで個々に武装闘争なり宣伝闘争を行なっていたグループが集まってきたというわけ。
ナセル大統領は中東問題に対しての解決をはかる事で、アラブのリーダーたる地位をアピールしようと思ったようであり、パレスチナ・アラブ人闘争家たちは団結することで闘争の拡大化が図れると考えたようです。
設立されたのが1964年、今からちょうど40年前です。
それだけの長い間ずっと抗争が続いていたと考えるととてもさびしい気持ちになります。
ちなみにアラファト氏は1969年にPLO議長に就任しました。
参考資料:PLO
アラファト氏が亡くなり、PLO(パレスチナ解放機構)の後継者は穏健派のアッバス氏に決まりそうだ。
後継者の目処がたったから、アラファト氏の死亡を報道したような印象をうけないでもない。
しかし、穏健派のアッバス氏が後継者となることをよしとしない過激派のメンバーとの対立が激しくなっていきそうである。
そもそもPLOとはどのような団体なのか少し調べてみた。
これによって一部ではパレスチナ独立のため、イスラエルとの交渉ができると希望的観測を持ったそうだが、実際にはイスラエル、PLOがお互いに存在を認めず、全く話し合いにならなかった。
交渉にならないのなら、何のために設立された組織なのか?
PLOはアラブの英雄ナセル大統領の肝いりで設立されました。
そこに、これまで個々に武装闘争なり宣伝闘争を行なっていたグループが集まってきたというわけ。
ナセル大統領は中東問題に対しての解決をはかる事で、アラブのリーダーたる地位をアピールしようと思ったようであり、パレスチナ・アラブ人闘争家たちは団結することで闘争の拡大化が図れると考えたようです。
設立されたのが1964年、今からちょうど40年前です。
それだけの長い間ずっと抗争が続いていたと考えるととてもさびしい気持ちになります。
ちなみにアラファト氏は1969年にPLO議長に就任しました。
参考資料:PLO