明治初期の外交に学ぶ その1 | 日本人のための近現代社会

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 26回目ということで、明治初期の対外政策について簡単に解説します。長文なので動画の解説が見られる方はそっちの方が早いし、分かりやすいと思います。


にこにこ http://www.nicovideo.jp/watch/sm25697845

ようつべ https://www.youtube.com/watch?v=fqO5E0u87rY


 明治の初めですから、当然まだ軍備も整ってないし、国力も大したことない時代の話ということになります。周りには中国ロシアといった強国や欧米の植民地だらけといった状況です。それでも当時の日本政府は戦後の政府や今の都知事みたいな土下座外交はやりません。

 それどころか、アメリカイギリスから小笠原諸島の領有を勝ち取ったり、ロシアと対等な条件で樺太千島交換条約を結んだりとかなり強気な外交を展開しています。

 

 では、周辺国とはどうだったのか。中国とは明治4年に日本初の対外対等条約を結ぶことに成功します。で、当時国境があいまいだった沖縄や台湾をどうするかが問題となります。日本は「台湾は中国領、沖縄は日本領」ということにしようという提案をしますが、相手はあの中国ですから素直に受け入れてくれるはずはありません。台湾出兵などのごたごたを経て、5年後にようやく国境が確定することになります。

 ※台湾出兵・・・台湾に漂着した沖縄漁民を台湾の住民が殺した事件。日本は中国に対し、賠償を要求するが、中国は台湾はケ外の地であるとして取り合ってくれなかった。そのため、中国が関係ないというなら日本は日本で勝手に動きますということで報復出兵をした事件。今後、中国になめられ続けることがないように国家としての威信を示した。


 次に朝鮮との関係です。朝鮮半島は昔からロシアや中国に取られたら日本がやばいという意味で重要な土地ですから明治政府も当然朝鮮と国交を持とうとします。しかし、中国ははるか昔から中国の属国ですから、日本からの書状に対し、天皇の「皇」という字が気に入らない。この字を使っていいのは中国さまだけニダという訳の分からない理由で国交を拒否します。

 そんな状況ですから日本国内で朝鮮をどうするかという論争になります。結論としては、朝鮮にも明治維新に習って近代化しなければという人達もようやく出てきているので、その人たちに期待して国交を結んで朝鮮の独立を支援していこうということになります。そこで、明治8年に日朝修好条規という条約を結び、支援していくことになります。

 ちなみにこの条約の持つ意味はとても大きく、日本が朝鮮を独立国家として認めた事を意味します。外交権は独立国家にしかありませんからね。しかし、対等な条約を結んでしまうと、中国の宗主国としてのメンツを潰してしまい、国際問題になりますから形式上不平等条約にしていたということです。

 日朝修好条規に関して、学校では日本も不平等条約で苦しんでいたのに朝鮮に対して同じ事をした。ひどい!と習っている人が多いと思いますが、実際には独立に向けた支援をしていたということです。



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