渓声山色(けいせいさんしょく)

渓声山色(けいせいさんしょく)

広島・島根・山口へおいで



広島県・島根県の紀行です。

渓の声、山の色は真実そのものである。

【The Story of a Swiss Family Traveling the World by Bicycle】

This story rivals even Journey to the West. They welcomed a new baby during their journey, bringing their family size to four. For them, the entire world is their school. The family, traveling the world by bicycle, spent a year and a half in Japan, ending their stay in Akiota-cho, Hiroshima Prefecture. They departed from Sakaiminato for South Korea on April 26th. Their next destinations are China, Mongolia, and Kazakhstan.

 

万年ヶ鼻について三隅町出身の木村晩翠さんが書かれたものです。

木村晩翠さんは著作権が切れる没後70年にはなりませんが、2009年に著作権の古い基準の没後50年にを迎えているので原文を掲載します。

【萬年が鼻と地藏尊】

魔の縁淵、死の淵として古來幾百人の投身自殺情死の哀話を傅へて居る萬年が鼻は、日本海の怒濤が寄せては碎くる断崖絶壁で蛭子鼻とと相対し海峡を作り、外浦松原の二港を抱き風景佳絶の眺めをほしいままにして居る。此の景勝の地が死の場所であるとは、奇しき因縁といわねばならぬ。

 今此の断崖の頂上から脚下を見下ろせば、そそり立つ岩壁三十除丈共底に紺碧の渦を巻いて、思はず慄然として誰もが一歩を退ける危うさである。此の處昔は十三年峠といって居た。十三年目毎に多くの生命が失なはれたといふ、周期的に現はるる悲惨事に、今から約百年以前時の藩主松平周防守のお声ががりで名を萬年が鼻と改められた。不吉を厭ふて改められた目出度い名前も思ふ程功果はなかつた。自殺者は次から次へと統いた。しかし萬年が鼻にも盛衰はあった。死の方法が文化と共に変伝した、それは冷たい鉄道の線路が死の誘惑を求めるようになってからである。数年の間萬年が鼻は鉄道に圧せられていたが、それが最近に至って再び勢いを盛り返してきた。飛び込めば必ず死ねる、そして死体は滅多に浮かばない。これが死霊に取り憑かれた者に力強い誘惑となって、線路から更に萬年が鼻の巌頭に返ってきたのである。

靴工をしていた多感の一青年が、遥々松江から死に場所を求めて浜田に来た。手には日常愛撫のバイオリンを携えて居った。遂げられぬ恋に悶え、人生を呪ひ、あらゆる女性を仇敵視し其の生命にさへ危害の刃を向けやうとしたが、僅かに嗜める其の音律の琴線に悶々の情を訴へて諦めるの外はなかった。然し、失恋の悩みは餘に深刻だった。恋を失うては生きられない程純真な彼、見ゆる限りの青葉若葉の香には死の影がひそみ、木々の芽と共に死の誘惑も伸びて来る狂躁の夏には最早耐えられなかった。一夜バイオリンを抱いて萬年が鼻の巌頭に立った折から青白い光を海にも山にも投げかけて夏の夜の月は中天に晴れ渡った、この月光の下に奏し悲曲のメロディーはどんなにあはれを誘ふたことであらふ。

 

翌朝岩頭に残って居たのは、シットリと露を置いた一提のバイオリンであった。

添はれぬ悲しみに抱き合い心中した運転手と娼妓、妻の惨死を傷み発狂した老人の投死、病身な友に同情して同性心中した漁師の娘、不治の肺患を歎いて蕾のまゝ散つた良家の令嬢、その他十人に近い娼妓の身投げ心中、之等はみな大正、昭和における最近の惨事である。時の恩田警察署長の発願により、娼妓共済組合が遊郭楼主等と謀って二百餘金をなげうち、昭和四年七月、萬年が鼻の巌頭に高さ十数尺の大地蔵尊を安置した。其端然微妙なる尊像の慈顔に向かっては恐るべき死の囁きも悪魔の誘惑も忽然と消え去って救ひの岸頭に一転し、悟得の妙境に入るであらふ。今迄身を滅ぼし中有に迷へる数千の遊魂も又此奇特なる施設によって彼岸の楽土に迎へられるのは尊い事である。

萬年鼻           墜屋鼓渓

奇巌乱擁古津開       中有断崖千仭山

却看遊人懐恐怖       無移吟棹向斯間

【地名の漢字に意味がない場合が多い】

地名は明治以降できた合成地名や、江戸時代に流行った縁起のいい漢字を充てることで、漢字の意味がない場合が多いです。

たとえば因幡地方の明治以降の3つの郡は

岩美郡→岩井郡+邑美郡、法美郡の合成地名

八頭郡→八上郡、八東郡+智頭郡

気高郡→気多郡+高草郡

で漢字には意味がありません。

岩が美しいから岩美ではないし、

ヤマタノオロチの伝説から八頭ではありません。

智頭は江戸時代に知頭と書かれていましたが、

古代には道俣(みちまた)でした。

ざっくりと鳥取から姫路方面と岡山方面の道に分かれる部分という意味です。

鎌倉時代か室町時代には道頭(みちあたま)になりました。

これがなまって「ちず」になりました。

江戸時代に縁起のいい当て字として

知頭→智頭になりました。

島根県大田市は「おおだ」と濁ってよみますが、

元は邑陀だったのだそうです。