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渓声山色(けいせいさんしょく)

広島・島根・山口へおいで



広島県・島根県の紀行です。

【エーデルシリーズ】

《 エーデル丹後 》 

1988年ー1996年 大阪ー天橋立・豊岡 (宮福線・宮津線経由)

《 エーデル鳥取 》 

1989年ー1999年 大阪ー倉吉(のちに大阪ー鳥取に短縮)

《 エーデル北近畿 》

1990年ー1999年 大阪ー福知山・浜坂

 

エーデルシリーズは急行用気動車のキハ65形を種車としています。

当時の急行用気動車はキハ58形が主でしたが、馬力が小さいのが弱点で、例えば急行「砂丘」のように岡山・鳥取県境の物見峠の急勾配はキハ58だけでは登るのが困難でした。

そこでキハ65形を編成に組み込むことによってパワーアップしていたわけです。

キハ65は特急並みの馬力を活かして「ユートピア和倉」「ゆふいんの森」やエーデルシリーズとして改造されました。

エーデルシリーズの先頭車両は展望車に改造されています。

「エーデル丹後」は1996年の福知山線と山陰本線の城崎(現城崎温泉)電化により開業したばかりの非電化の宮福線を経由して天橋立と宮津線経由で豊岡まで丹後地方の各地を結んでいました。

福知山までは特急「北近畿」に併結されていました。

城崎電化によって福知山線経由で大阪と鳥取を結んでいた特急「まつかぜ」急行「だいせん」の昼行便が廃止になり、播但線経由の「はまかぜ」が残りましたが、福知山線経由の復活の要望があったので「エーデル鳥取」が設定されました。

1994年に智頭急行が開業してからは「エーデル鳥取」の倉吉までの需要は減りましたが、香住、浜坂までの便を考慮して倉吉から鳥取まで行き先を短縮して1999まで残りました。

「エーデル北近畿」は香住、浜坂への補強として「エーデル鳥取」のデビューから1年遅れで運行開始しました。

 

福知山線電化まで、浜坂までの特急は 

「はまかぜ」(大阪から播但線経由)2往復、

「まつかぜ」(大阪から福知山線経由)2往復、

「あさしお」(京都から)2往復

の6往復体制でしたが、福知山線電化後

「はまかぜ」3往復

「あさしお」3往復

になり

1996年の山陰本線京都口の電化が完成すると

「あさしお」が廃止になり、

「はまかぜ」2往復と「エーデル北近畿」「エーデル鳥取」になりました。

【廻国塔と六十六部衆】

奈良時代から日本には66の国があります。(実際には対馬と壱岐を含めて68国ですが)

鎌倉時代から、法華経(大乗妙典)を一国一社寺、全国六十六社寺に奉納して廻る「六十六部廻国聖」という人々がいました。起源は、鎌倉幕府初代執権の北条時政の前世説によるものが有力ですが、よくわかっていません。六十六部廻国が盛んだったのは江戸時代でした。六十六部は、単に六部と呼ばれることもあります。その六十六部が全国の社寺に法華経を奉納し終えたのを記念して建てられたのが、廻国塔です。廻国塔の中には志半ばに他国で亡くなった六部を供養しているものもあります。

法華経の奉納先は特に固定されていたわけでなく、その国の一宮や大寺院に奉納されていたようです。因幡の国なら、宇倍神社か、摩尼寺だったのでしょう。

因幡の国では廻国塔をよくみかけますが、周東町の二井寺山極楽寺にも廻国塔がありました。

【駅名になっている場所が遠すぎる】

《志和口駅》

芸備線の志和口駅は広島市安佐北区白木町にありますが、確かに東広島市の志和までの道がつながっています。

志和口駅から志和まで12kmあります。

 

《吉田口駅》

同じく芸備線の吉田口駅は安芸高田市の甲田町にあります。

吉田口駅から吉田の安芸高田市役所まで7km程度ですが、吉田の最寄り駅としては甲立駅の方が便利です。

《大山口駅》

山陰本線の大山口駅から大山寺まで13kmあります。

大山寺へは米子からなら尾高から行くのが速いですし、鳥取からなら赤碕から行くのが速いです。鳥取からは大山口から行くように案内されていますが、道がわかれば赤碕から行きます。

《出雲大社口駅》

山陰本線の出雲大社口駅は

神西駅→出雲大社口駅→出雲神西駅と変わりました。

出雲大社口という駅名が実態に合ってなく、むしろ隣の西出雲駅(知井宮駅)の方から出雲大社へつながる道があります。

出雲大社口駅は評判が悪く、出雲神西駅になりました。

《河原駅》

因美線の河原駅は八頭町国中にあります。

大正時代に河原村は駅設置の陳情を鉄道院に出していました。

それは叶えられませんでしたが、国中駅となるべき駅を河原駅としました。

昭和の大合併で河原町と郡家町の境界は河原駅の近くを通っていますが、それまでは河原村は河原駅から遠く離れた千代川の西側にありました。

《宮島口駅》

山陽本線の宮島口駅は実態に合って宮島航路の桟橋近くにあります。

宮島口駅は宮島駅と呼ばれていた時代もありましたが、宮島ではないのに宮島駅はおかしいだろうということで宮島口駅になりました。

《三本松口駅》

境線の三本松口駅は米子市三本松四丁目にあるので、

三本松駅で良かったはずです。

三本松口駅が開業したときに香川県にすでに三本松駅があり、伯耆三本松駅としてもよかったのでしょうけど、三本松口駅があるのが三本松一丁目から四丁目の北の端にあり、三本松口駅としても妥当でした。