渓声山色(けいせいさんしょく)

渓声山色(けいせいさんしょく)

広島・島根・山口へおいで



広島県・島根県の紀行です。

渓の声、山の色は真実そのものである。

【小泉八雲が見た花見潟墓地】

今は琴浦町、旧赤碕町にある花見潟墓地です。

延々と続く墓地を見て小泉八雲は何を感じたのでしょうか?

おそらく当時は土葬墓が主で、今のように立派な石塔墓石の墓は少なかったと思われます。

土葬は遺体を埋めて見えなくすることが目的で、せいぜい埋めた場所に目印の石を置いたり、木の棒を刺したりする程度で、石塔墓石を建てると遺体の腐敗とともに傾いてしまうのです。

小型の墓石は拝み墓で、土葬や水葬にしたあとで、拝むだけの墓でした。

 

【本来とは別の場所に石見町と邑智町ができた】

今の邑南町に石見町があり、

今の美郷町に邑智町がありました。

しかし、本来の石見は浜田市にあり、かつては石見郷、石見村と呼ばれていました。浜田市の石見は浜田市街の東側で、江戸時代のお城がもう少し東側にあったら

浜田城ではなく、石見城

浜田市ではなく、石見市

になっていた可能性もあります。 

浜田というのは浜田港がある部分で、浜田浦と呼ばれていました。

浜田地区はあまり広くありませんが、

浜田市石見地区はかなり広い範囲です。

本来、邑智と呼ばれていたのは旧石見町域の矢上地区あたりのことです。

於保地とも表記していました。