この国の事情をいろいろと考えてみる。事故がないのが不思議だ。いままでで遭遇したことがない。バイクの三人乗りでノーヘル。歩道に無断駐車の車で歩けない。信号はあってないようなもの。取り締まりができないくらい人が多い。

 信号の長さも様々だが、ゆっくりと歩いたら途中から赤になる。気の長い大陸の人々だが、信号だけは短気なのだ。

 それとホームレスも取り締まっているのか、見たことがない。乞食は二人見ただけ。手足が不自由な老人たちだった。社会主義の国でも中国は外見を気にするから、そういう貧困者に福祉行政はどうなっているのか。日本よりは見ないから、見えないところに隠れているものか。

 物価は日本と同じくらいか高め。果実は安くはない。ドリアンの安いところでは一個が700円くらいだったが、剥いてくれたら食べられるのに。小玉西瓜は100円もしないから買いたいが、路上で一人西瓜割りをするのか。

 

 中国の最終日。いよいよ、今夜の便で帰国する。あっという間の八日間。ぐずぐずと寝ていられないと、最後の最後まで、ぎりぎりまで遊ぶ。どこかに体育用品店がないかと街中やショッピングセンターの中でも探したがない。履いてきたカンフー靴はもうぼろぼろで、如何にも乞食のようだし、着替えは捨てて、洗って着たТシャツ一枚になる。それで最終日になってしまったが、太極拳グッズの店どころか、スポーツ用品店すら見つからない。だけど、いままでもいろん店を見て回っても、日本より高い。ユニクロでシャツと思って見たら、それも高め。諦めるよりない。

 朝はさっさとホステルを出てきて、地下鉄駅上にあるモール地階のマックでコーヒーとハンバーガーとポテトのセットを食べながら、いつものようにブログと詩をアップしようとしてたら、できない。通信が遮断されましたとある。確か、前に友人で中国の日本語先生で暮らした人から聴いたら、いきなりネットが見られなくなるのだとか。電波が悪いのかと、外に出てやってみたが、日本への通信ができない。従妹からもまだ霊園使用料が来ていないとメッセージが来ていたが、それに返信だけした。何事もなければ、今夜は日本に戻るから明日は電話ができると。

 

 まあ、そういうこともあるだろうと、最後の半日を地下鉄で行ける七宝古鎮という七宝老街に行くことにした。そこならそんなに時間はかからないだろう。そこも寺院と水路のある風雅な地域だという。宿のあった駅から一本でそんなに時間がかからない。降りたところがまた大きなショッピングモールが二つもある。その裏手に水路と橋と込み入った古い昔のままの街が商店街になっている。上海市街に近いところで水郷は近くていい。また動画と写真をスマホで撮る。どこかしこ絵になり写真になる。特に裏の庶民の生活が滲み出る観光客の行かないところが洗濯ものを干していたり、崩れて雨漏りしそうな屋根だとか見て歩く。床屋は千円の半分。値段も見て歩く。魚屋は、ザリガニと魚も生きていて水族館のように桶の中で泳いでいる。

 観光客たちがなにやら食べ歩いているのを美味しそうだと買う。台湾の夜市でも食べたことのある臭豆腐だ。辛みと香草に甘ダレを揚げ豆腐にかけてあつあつを食べる。昼飯はそんなのでいい。椰子の実のジュースを飲んだり、マレーシアで食べた亀ゼリーもまた食す。若い子に人気があると言って、前にアジア周遊したときに、相方が食べたがったものだ。

 パスポートを失くすると大変だ。帰れなくなるので、いつも出したり仕舞ったりと一番パスポートが出し入れするので、落とす確率が高い。それで、わたしはいつもベストの内ポケットに隠しているが、そこにあるかと確認する癖がついてしまった。どこに行っても手荷物検査とパスポート提示と中国人たちは身分証を検知器にかざし、顔と照合。監視社会とはこういうことか。悪いことなどできない。そのうち指紋照合となると変装してもダメだろう。駅ではずらりと並ぶが、そのカメラがフリーズを起こして止まったままで、並んでいた大勢が新幹線に乗り遅れるとブーイング。デジタル社会の悪いところは機械が誤作動や停電したときはどうするのかだ。

 

 上海で思い出したのが、日中戦争のさなかに、親父が青森の第五連隊に入り、中国戦線にやられたのが昭和13年だった。そりのときは上海から上陸して、武漢三鎮を攻略し南京政府を攻めた。南京も近く、昨日行った蘇州行の新幹線は南京行だった。日帰りもできそうだが、別に行っても仕方がない。親父は南昌というところで迫撃砲弾で負傷して傷痍軍人で帰還した。

 

 3元ショップがあった。日本の百円均一だが、60円ショップになるのか。そこで孫に買ったのが昔懐かしいブリキの蛙でゼンマイで跳ねるやつ。わたしが子供のときにあった。

 ミニスーパーも覗くが、量り売りの果実はどうなのか。一斤いくらと表示してあるのはどれだけ来るのか見当もつかない。地下鉄駅前の巨大なモールにも入る。綺麗でセンスもいい。そこで紳士物のシャツを買って着替えようと見たが高い。それでもプライスに1折とか2折とか書いてあるのは、1割引きとかそんな値引きのことだろうか。地階のスーパーを見て何か空港で食べようと見て歩いたら、とても高くて買えない。日本の倍以上はしている。完全に中国に負けている。

 上海にも大江戸温泉とか極楽湯といった青森にもあるスーパー銭湯が進出しているようで、入ってこようかと料金を調べたら、三千円以上もする。青森は480円で極楽湯に入れる。そこでも追い抜かれている。

 

 今日はあまり歩かなくてもいい。そこから地下鉄乗り換えで空港に行くだけだった。それで地下鉄の空港方面に行く終点と思って、つい寝ていたら、気が付いたら、地下鉄は逆方向に箸っていて、また戻っていた。あれ? これはミステリーと、また空港行きに乗り換えてロスタイム。その原因が判った。空港へ行くのと、途中の駅で止まり、また戻るのとあるのだ。その駅の手前でうとうとと寝ていて折り返し運転の車内にいたのだ

 

 ともかくも空港に着いたら安心した。いま、これを空港でスマホに充電しながら書いている。小銭も使い果たし、日本円に両替することもない。使ったのは飲んで泊まって移動して3万円くらいのものだった。孫からパンダのぬいぐるみと頼まれていたのを思い出した。金はないから、初めてクレカを出したら、空港で初めて使えた。

 イミグレでまた何かを言われないかとドキドキした。帰国できないと言われたら嬉しい。ここにずっと滞在していていいですか? 空港で暮らしても。

 空港はいつもなのだが、LCCは一番奥の端なので、動く歩道もあるが、かなり歩かせられる。いい運動にはなる。安い航空会社だから仕方がない。その奥の外れに、なんと博物館があると表示。行ってみたら、上海博物館の分館ではないが、時計ばかり展示している小さなスペースがあり、小さな時計からクラシックな年代物、貴重なものもありそうだ。暇な旅行者たちのためにそういう場の提供はいい。

 

 飛行機は夜の7時過ぎに飛び、羽田には11時着の予定だが、もう終電もバスもないだろうから、空港で夜明かしして始発で平塚に帰りたい。帰ったらまたすぐ掃除の仕事だし、孫の相手と飯支度。現実が待っている。