このホステルの設備は古い。建物が老朽化していても手直ししないで使っているから、トイレもいくつか使えないし、シャワーも一か所だけがまともで、後は水より出ないし調整がきかず、シャワーヘッドが取れていて仕方なくただ水を頭からかける。アメニティなんかあるわけもない。トイレットペーパーはどこもないので、自分でいつも食堂などで出た紙ナフキンを使わずにポケットに入れておく。

 

 今日はまた新幹線で遠出だ。蘇州まで行く。上海の隣の市だが、新幹線で24分で次の駅なので、普通列車でもいいのかと思うが、時間を無駄にしたくないのと、新幹線も二等なら千少しくらいと安いから。東京から小田原に行くような感じの距離だ。

 蘇州というと、蘇州夜曲の歌だけでしか知らないが、それも歌えるのはチャゲアスのアスカがソロで出したアルバムに入っていて、若いときにいいなといつも聴いていた。なんとなく中国の古き良き時代の香りがする都なのだ。と思ったら、現代は全然違う。上海駅から時速270キロで走り、あっという間に蘇州に着いたが、そこも大都会なのだ。高層ビルが林立し、タワマンも普通に30階以上あったりする。中国はあちこちタワマンばかりで、いまは作りすぎて空き部屋が多いとか。EVも作りすぎで捨てているとか。需要と供給の生産調整をする政府の部署はないのか。無駄が多すぎる。これは日本もで、売れるとなると高級食パンの店も乱立していまは閉店してているし、ラーメン屋も多すぎるが、そろそろピークは過ぎて閉めてきているのと同じだ。

 駅からまずは地下鉄に乗る。今日も歩くだろうなと思ったので、できるだけ往復はしないように、地下鉄で駅から一番遠いところまで行ってしまい、そこから寺や庭園を見ながら戻ってくることにした。それでも何十キロかありそうだ。

 降りた駅が市街の南の盤門景区という紀元前500年以上も昔の都市の門などが残存していて、この周辺の大運河の一部として一括世界遺産に登録された。奈良みたいなところかなと思ったが、地下鉄を降りたら、大きなショッピングモール、それとどこでもスタバとマック、どこに行っても都会でがっかり。蘇州のイメージもがらがらと崩れる。しかもどこに行っても人、バイクと車の洪水、クラクションがやたらと煩く、人がとにかく多すぎる。

 東洋のベニスと言われるのが判る。市街地を運河、水路がいまも使われていて、どちらかというと観光だろうが、小舟があちこちに係留されている。どこに入っても70歳以上は無料で、外国人までその恩恵を受けて申し訳ない。一般が1700円もする入場料すべて只なのだ。中国は老人に優しい国だから、高齢者たちは中国に旅行したらいい。電車にも入口にステッカーが貼ってあって、思いやりシートもそうだが、列の最初は老人と書かれている。それから子供や妊婦、怪我人などで、老人天国なのか、わたしが切符を買おうと並んでいたら、わたしの前に老人が割り込んでくる。図々しい。中国語で、わたしは老人だからなと特権を振りかざす。しかも、身分証をちらりと見たら、わたしより年下ではないのか。こっちがおまえより先輩なんだぞと言っても通じないし、どこでも若く見られたのは悪くはない。みんなパスポートの年齢確認で怪訝そうな顔ばかりする。

楼閣と庭を見て歩いたら、聴いたことのある歌を流している。これはテレサ・テンのエイライシャン(夜来香)ではないのか。青森の文学同人仲間のM女史が確かよく歌っていた。彼女もチャイナドレスが似合いそうだ。

 次に向かったのは滄浪亭。呉越国が造園した蘇州最古の庭園という。日曜に来たのが間違った。どこでもすごい行列。屈原の詩から命名したというから、造りも楽しんで歩く。

 どんどんと北上する。一帯はすべて商店が密集して食べるところは困らないし、通行人とバイクの間をすり抜けて歩かないといけないくらいどこもここも賑やか。静かな古都を期待したわたしがバカだった。

 そこから少し迷って人に訊いて引き返したが、網師園という高級官僚の邸宅跡。どれほど裕福に暮らしていたのか。それは現代と変わらない。この国の官僚もいまはそうだろうか。

 歩いていると昼になる。どこかで飯と思ったが、どこも混んでいる。そのうち、揚げ物屋さんがあり、美味しそうなドーナツなのか、様々な形のお菓子が40円くらいで売られていた。ひとつ買って食べ歩き。それは本物のパイでさくさくとしてフィリングは何かの果実の餡か。そうして食べ歩くことで昼飯としようか。

 途中に大きなデパートがあった。百盛というから、これはアジア全域にあるものと同じ。マレーシアのペナンでもそこに入ったし、他にタイにもあったようなチェーン店だ。涼みに入ってみる。が、二階までしか営業していない。綺麗な建物とテナントもいい雰囲気だが、客が入っていないで、三階以上はエスカレーターも止めて電気も消していた。世界中、どこでもいまはデパートの凋落で、厳しいのだろう。

 次は平江路という歴史街区に入る。そこに八百屋を見つける。わたしはスーパーとか八百屋には敏感で、ふらふらと寄ってめぼしいものを買う。それはスーパー病で八百屋病なのだ。サクランボが真赤で一パック200円と随分と安いから買う。川が流れ柳が垂れて、その水路を小舟が通る。観光客たちが乗っている。船頭さんは地元の歌を歌いながら漕いでいる。その川の畔に座って、サクランボを全部食べてしまうが、あまり甘くはない。

 通りは猫カフェがあったり、飲食店と土産物店などひしめきあっている。それよりすごい観光客で歩けないほどだ。その中に楊貴妃たちがいっぱいいた。千人以上は歩いている。石を投げれば楊貴妃に当たるくらい。あちこちにレンタルの衣装屋さんがあり、看板を見たら一日レンタル1700円とある。小さな子からおばさんまで、女性は一度は着てみたいのか。まるで楊貴妃の恰好で、それが家族や彼氏と歩いて、あちこちで撮影会。そのための美容院も繁盛している。髪もセットして顔もメーク、髪飾りも売っているが、それもレンタルなのか。見違えるような美人ばかりになり、わたしもつい写真。

 

 獅子林という蘇州四大庭園に入る。どこの庭園も岩をそのまま使っているのか、洞窟のように中を歩いて潜ったり、ごつごつとした異様な岩の上に登ったりと、アミューズメントパークのように子供は喜ぶ。どこに行っても紫陽花と薔薇が咲いている。季節が日本と同じなので、違和感がない。

 その近くにある蘇州博物館に入る。どこもここもすごい行列。しかも若い人たちもいっぱい来ていて、漢詩や壺や古文書の写真をスマホで撮っている。ここは博物館だぞ。遊園地ではないのに、どうしてかディズニーランドに並ぶように若い人たちが入るのは不思議だった。勉強のためなのだろうか。歴史教育が徹底されているからなのか。とにかく広い。じっくりと見ていたら時間がない。一日でこの街の主だったところを見て回らないといけないから、時間がない。ひとつひとつは実に貴重なものばかりなのだろうが、味わって鑑賞している暇はなかった。

 その隣の拙制園という庭園は一番人気で、広さも一番で500年前に造られたとある。ぞろぞろと歩いても疲れる。今日のコースはただ外を歩くだけでなく、博物館の中も広いので上から下まで回廊を歩くだけでもくたびれて、庭園の中もまた歩かされる。

 だんだんと足が重くなる。限界を感じていた。ケンタッキーに入りアイスを食べる。ドリンクは何本買ったことか。一日3リットルは飲んでいる。ずっと雨もなくいい天気で真夏日だ。

 まだ予定では三つ見る予定が、遠い西のほうにあるので、留園という庭園はパスする。それと虎丘に建つ斜めに傾いている塔も見たかった。ピサの斜塔のようでそこまではどうしてバスで行けるのか。最後は寒山寺にした。そこだけは見ておかないといけない。寒山拾得の絵も故事も有名すぎて、そこを外すわけにはゆかない。

 どうやってゆくか、地図を見て、近くの地下鉄駅まで行ってみよう。ところが券売機が現金をまた受け付けない。すると、後ろで待っていた子連れの主婦が手伝ってくれてもダメで、自分のスマホでQRコードを読み取って発券してくれた。奥さんに40円ぐらいでコイン二枚渡してお礼も言う。向こうは笑っていた。人の財布で建て替えて。

 寒山寺もすごい人。読経も聴こえる。境内は広い。門前町がまたすごい。飲食店から売店と成田山新勝寺を彷彿とさせた。禅宗のお寺さんで、鐘の音もする。その鐘がいままで見たうちで最大のものだ。厚さは薄いが、どういう音がするのか。二階建の家くらいの高さ。一回いくらで叩かせているとか。そこで息子にまたお守りを買う。息子はいま多難な時で、悪霊退散のためのお守りを買ってきてというリクエストから二つも買った。全身にじゃらじゃらとお守りを付けていれば、耳なし芳一のように悪霊が入る隙間もないといいが。

 

 そこで観光はすべて終わる。また地下鉄駅まで引き返した。足は棒というより自分の足でないような。列車駅の北駅まで地下鉄乗り換えてゆく。切符は買えたが、ノーシートだと言われた。満席なのだ。まあ24分で着くから通路に立ってもいいのだが。それでも90分も待たされて、上海行きの新幹線の四本も後だった。それは立ち席もいっぱいなのだ。乗ったら通路まで人でいっぱい。

 8時過ぎに着いた。虹橋駅で、そこも前に通った。そこからホステルまで地下鉄で帰ろうとしたら、札がまた券売機に入らない。一日フリーパスは間違えて捨てたのだ。昨日のものと勘違いした。それで小銭に砕くために、駅のフードコートで、晩飯にチャーハンに牛肉がのったのをいただくが、コインひとつよりお釣りが来ない。それはと別のカフェでコーヒー。ようやく小銭が出て、それで切符が買えた。ホステルに着いたら10時半で、また記録でもつけようと思ったら、テーブルの椅子は座るところがない。みんなウーバーイーツで晩飯を配達してもらって食べたり、ノートパソコンでネット検索ばかりしている。わたしの座る場所がないので、諦めてシャワーの水だけ浴びて寝た。みんな夜中までうるさい。

 寝るときにタブレットを充電して寝たが、夜中に落ちる音がして目覚めた。ベッドの隙間からタブレットが落ちて、手が届かない。それで助けを求めに部屋を出たら、フロントの青年が掃除のモップを持ってきて出してくれた。夜中にありがとう。

 ところで、万歩計を見たら、新記録達成と出ていた。なんと4万歩の30キロも歩いた。いままでで最高だが、昔の人は東海道を毎日それぐらい歩いたろうから、別にたいしたこともない。