旅行に来てから五日目か。まだそんなのだが、もうずっといる気がする。朝はぐずぐすと寝ていない。みんなまだ寝ている。若者たちが多いが、どうも旅人ではなさそう。ネットで前に見たが、いま、仕事のない若者たちはアパートも借りられず、日本のネットカフェ難民のように、安宿に殺到しているのだとか。一泊1200円ぐらいからあるので、月に36000円で暮らせる。そこにはWi-Fiもありシャワールームもあって、権利金も保証人もいらない。誰でも暮らせるのだ。それでも何かかしらバイトでもしないといけないだろう。

 その若者たちだが、廊下も部屋もゴミはそのまま捨てて、テーブルも食べたものがそのままにしてある。ゴミ箱があるのに捨てない。だらしがない。うちの孫娘たちと同じだ。孫娘は中国に留学させたら友達が増えるだろう。

 本当は今日はマカオから香港にフェリーで渡っているはずだった。それが番狂わせになった。香港の安宿は、たまたまネットで見て予約したのが、沢木耕太郎のバックパッカーのバイブル『深夜特急』の最初の舞台になった宿だった。後でそれを知って、泊まってみたかったと悔やむ。その安宿のいっぱい入った雑居ビルは香港映画の『恋する惑星』の舞台ともなった。その挿入歌はいまの若い日本の歌手も歌う。

 

 中国から出られないので、上海を起点にして遠出することにした。この日は、杭州の西湖に行く予定だ。杭州と広州をよく間違える。何年か前にわたしが一泊したのが広州のほうで、そこも都会だったが、杭州も大都会のようだ。

 いまの時期、五月は一番美しい。花という花が咲き乱れている。旅をするなら五月だろうか。

 地下鉄で虹橋駅から出る。飛行場の隣にある駅で新幹線の切符をとったが、それが、誰も並んでいない窓口でしめたと思ったら、一等車で、2500円も取られた。間違えたが仕方がない。日本でもグリーン車なんかは乗ったことがないのに。新幹線は混んでいる。1時間半も待たされた。大きな駅で、人の移動もすごい。どこに行ってもさすが中国、人人人でひしめきあっている。それだから、おとなしく流されてはいけないのだ。人より先に乗る。地下鉄でも降りる人が先だろうと思うのだが、どっと乗ってくる。そんなの関係ねえだ。

 新幹線は時速260キロで走って、1時間乗って杭州に着いた。杭州まで来たら、ようやく山が見える。それまでは山のない地平線ばかりの豊かな平野だった。

 杭州東駅から地下鉄で西湖に近い安定路まで行くが、古いガイドブックには地下鉄は四本より書かれていないが、いまは十数本も新しい路線が増えている。ここ五年でそうなので、発展のスピードは速い。

 

 西湖は白居易の詩でも有名で、学生時代には習うが、唐の時代に詩人として残ったのは白居易だと覚えた。はっけよい残ったと。真面目に勉強していたのか。湖畔には白易居の別れのシーンの銅像があった。

 なんとなく感動して湖と対面したが、そうでもなかった。きっと俗化されているとは思った。その通りで、ぐるりとどこまでも売店と土産物、飲食店が延々と並ぶ。十和田湖の休屋の店で湖が囲まれていると思えばいい。それに観光客がまたすごい。観光バスで来る団体さんはみんな中国の地方から来た人だろうか、ガイドの旗があちこちに見える。少数民族の女性たちは民族衣装も華やかだ。さすが、人気スポットなのだ。それと遊覧船やら、水上レストランなど、別に乗りたいとは思わない。それより古きよき時代の面影を探しに来た。

 今日は、徒歩で湖を一周するつもりでいた。15キロから20キロくらいはあるだろうか。電動カートもいっぱい走っているが、どれも満員。ぐるりと半周して1時間以上かかるらしい。それに乗っても、名所で降りても、次に乗れないくらい混んでいる

昼時なので、腹も減る。どこかでと思ったが、観光地値段で高い。まして円安だ。みんな飲んでいる生ジュースにしても600円以上はしていて、アイスキャンデーも500円以上とあれば、おいそれとは飲めない食べられない。急に貧乏日本人に落ちていた。

 歩いていると、なんと、湖の反対に急に原宿や表参道みたいなブディックやショッピングタウンが現れた。突然の展開で驚いた。湖は唐代から続く景勝地で、古い中国の歴史と香りがするのに、片や、ルイ・ヴィトンやグッチという看板。おしゃれな都会的な通りに驚く。その違和感に笑う。観光地は高いので、フードグルメの中心と書かれているのはセンターのことなのだが、モールのような建物に入ると、がらがらで、それでも安くうまそうなメニューが並ぶ。いろんな店が何十とあって迷うが、ひとつの店で300円くらいの丼をいただく。湖の名物は海老なのだろうかと、メニューの写真に出ていたので、それにしようと思ったら、注文しなくてよかった。それは鴨掌と書かれていた。鶏肉の嫌いなわたしは余したろう。海老そっくりに見えた。

 

 腹を満たしたところでまた歩き始める。いろんなところで歌っている。素人の演奏家たちが伴奏して、それにその辺のおばさんみたいな歌手がうたい、みんな手を叩いている。歌謡曲のようだ。

 朝に下剤を飲んできたせいで、トイレが近くなる。公衆トイレは困らないほどあって助かるが、そこは紙がない。しかも和式、いや漢式か、拭いた紙は流さないようにバケツが置いてあり、そこに捨てている。汚いと思うが、詰まるよりいいのか。ポケットティシュはこちらに旅行に来たら、必携だ。昔はニーハオトイレというのがあって、隣の仕切りが立てば顔が見えて、足元も隙間で隣の人の足が丸見えであった。いまはそれはなくなる。なのだが、まだまだ遅れている。日本のトイレは世界一と言われるのが判る。

 西湖は飽きさせないほど、いろんな寺や見どころがある。西湖十景という石碑が撮影スポットで、多くの人たちがいるので判る。浙江省博物館は無料で入れた。そこはでは剪紙を見た。それと細かい木彫と石の彫り物、青磁などの工芸品が展示されている。その次は篆刻の西冷印社という研究所でそこから篆刻が芸術として発展してきたとある。古本屋時代にはそういう文献は高かった。青森にも篆刻の先生がいて親しくさせてもらっていたが、いまはどうされているだろうか。

 喉も渇いて高いがいろいろとまたドリンクを買う。商店にはケンタッキーとマックもあったが、覗いたら満席。休み休み畔のベンチで涼んだ。気温は30度を超えているようだ。北宋の詩人が築いた蘇堤という長い道が湖を区切るようにして伸びている。そこをショートカットで歩いた。蘇堤春暁という。鶯などの鳥の鳴き声がする。それが癒されると、ベンチで聴き惚れていた。しばし、この世を忘れる。この自然は歌になるは判る。秋の紅葉もいいだろう。雪のとき、月の夜も幻想的だろうと、それが十景になっている。ただ、現代はどうなのか。自分なりに、現代の十景を考えてみた。高居夕照、観群春暁、機影挿雲…。タワマンが見えなかったらいい写真が撮れるのに、それを入れないとなると構図は難しい。ここは大都会であることを忘れたい。

 鯉のいる池も見て、晩鐘の十景の寺も見た。そこまで来るといい加減に疲れて歩きたくなくなる。それでもゴールは見えている。頑張れと、自分を励ます。ようやく地下鉄の駅の表示が見えてきた。5時間かかって一周した。果実が喰いたくなる。果実屋があったので、杏が15個で400円のを買う。アプリコットは味はどうなのか。

 

 地下鉄もまた切符を買うときに札が券売機に入らない。コインに両替してもらい、それも入らない。いつも駅で券売機と喧嘩ばかりしていた。若いカップルが来て親切に見てくれる。みんなスマホでピッなのだ。キャッシュはやったことがないらしい。わたしもこれかなとタッチして二人でようやく切符が出た。やったーと二人でハイタッチ。ありがとう。

それで終わりではなかった。三回乗り換えて、杭州の東駅に着いたら、今度は切符が改札機に入っても開かない。また親切な女性がいて、窓口で折衝してくれる。磁気不良が多すぎる。窓口ではどこから来たのかと聴いている。思い出して、7号線の呉なんとか広場とメモ紙に書いたら、判って発券してくれた。助かるが、どうもトラブルが多すぎる。いつも駅でははらはらどきどきだ。今度は新幹線の駅でひと悶着。流れで入ろうとした検査場で、拒否された。何? 入れない? 翻訳機で聴いた。あなたは前に切符を買っていますが、それを変更しないと入れませんと。何のことか。言われた通り、外の券売機で今度は若い女の子二人に聴いてやってもらうが、身分証がないので、パスポートだけでは買えない。困った。おかしいねと、二人も言う。また検査場に戻ると、係の男性がスマホに日本語で変換して教えてくれた。あなたは一階の有人の窓口で切符を買ってください。そうか、券売機では外国人は新幹線の切符は替えないのだ。

ようやく言われた窓口で今度は二等車を買ったら、前の半分くらいの値段。それでも1400円くらいとは安い。1時間も新幹線に乗ってだから。中国は交通費は安い。切符は夜の9時過ぎのものだった。後は全部満席。3時間半も待たされる。で、いま、このブログを飲食店フロアにずらりと店があるがマックでアイスコーヒーを飲んで書いている。そのアイスコーヒーも現金だと難しい。自販機もそうで、スマホがないと買えないのだ。なんでもそうで、アリペイも入れてきたらよかった。何もできない。世界はいまなんとかペイばかりで、自販機の設置を増やしている。現金が入っていないと、誰も壊さないし盗まない。現金のときは機械がよくバールでこじ開けられたり盗難が多いから、日本以外の国では自販機がなかったりした。これからはキャッシュレスで増えてゆくのだろう。

帰りも11時になるが、最後の最後までサービスはあった。虹橋駅の券売機に札もコインも入らない。どの機械もダメだ。そのことで一人いた改札窓口の女性に聴いたら、降りる駅で買ってくださいと、切符なしで入れてくれた。さて、着いた人民広場駅でそのことを翻訳機で改札の女性に伝えると、面倒くさそうに、ドアを開けてくれて、出なさいと言う。ええ? 只なの?そこでも現金は扱っていないようで、もう旅人は邪魔くさいと思った顔をしていた。無料でいいのか。もう中国ではキャッシュは使えない。自販機でジュースも買えないし、なんでもスマホのアプリでピッなのだ。それはそれで便利だがどうなのか。老人たちはできるのか。子供はスマホを持っているのか。貧乏人は地下鉄にも乗れない。それとスマホを持てない人はいっぱいいるだろう。そういう弱者切り捨てのデジタル社会の行く末を見たように思った。外国人観光客も困る。そういう行きすぎた未来の姿がいまの中国なのだ。その弊害もあり、実際に磁気不良やデータの誤作動で通行できないとかで止められた。トラブルも多くなる。それが今回の旅行のストレスだった。明日からは毎朝、地下鉄の一日フリーパスを買おう。それは窓口で買える。小銭も使えないから、400円くらいの一日券だから安心だ。

 

もうすっかりと夜だが、無事上海に帰れた。後はまた地下鉄で宿に帰るだけ。晩飯はいくらでも店があるエリアだがとても食べる気はせず、12時を過ぎていたので、ホステルで生ジュースだけ飲んでベッドに潜り込む。万歩計はなんと34000歩を記録していた。25キロ歩いていた。疲れるわけだ。