不老ふ死温泉というのが青森県には二つある。津軽の西海岸の深浦にある、夕日が沈む海のすぐの露天風呂は全国でもトップクラスの人気だ。不老ふ死と、どうしてかふがひらがなが気になる。混浴もあるが、それは青森県の温泉ではあちこちにある。いまだ混浴文化が残っている。わたしも若いとき、息子たちが小さいときだが、八甲田山の山中の温泉の混浴で、ばあさんたちに囲まれて、三人息子はいいねと羨ましがられた。

 津軽半島の先、平舘というところにも同名の不老ふ死温泉がある。そこは地元しか知らないで、観光ガイドには載っていないだろう。津軽半島最古の温泉宿とネットにはある。日帰り入浴はしていないのか。そこもなぜか不老ふ死なのだ。それはネットで見たら、書道家が、不の字が二つ続くのは縁起が悪いと、次の不をふのひらがなにしたとある。そうなのか。それは最近のことではないのか。

 

 新聞を見たら、世界でも不老不死の研究がされていて、最近では山中因子とかエピグラムとか、医学と科学の知識のないわたしには読んでもちんぷんかんぷん。どうやら、そのうちそういう薬ができると、人間は死ななくなる。というのではなく、寿命が伸びる。いまでもそういう若返りのいろいろが出回り、ほんとうかどうか騙されて飲んでいる人もいるだろう。

 人間は125歳までは生きられるとか。それは世界一の長生きの記録からそういうのか。どんどんと寿命は延びてきて、いまでも人生百年時代と言われて久しい。わたしがそのころになると、寿命は百歳近くまでなるのか。それとも、逆に寿命が縮まるという話もあった。健康被害で、人間がそうして環境と食の汚染をして、命が縮まる。精神的病気も増えて、自殺も増え、戦争だとか未知の病原菌だとか、様々な障壁で、長生きできなくなるとか。それを抜きにして、害がなければ、どんどんと長生きはするかもしれない。

 

 不老不死の仙薬は、古代ローマではそれがいちじくであったとある。中国ではばんとうという幻の桃で、羅漢果というウリ科の果実という中国の部族もいた。有名な伝説では、日本に来たのかどうか、秦の始皇帝の命で、不老不死の妙薬を探しに渡ってきた徐福という学者がいて、日本各地にその伝説が残るが、一番は和歌山の南に残る、それはみかんであったという。フロフキという薬草であったとか、いろいろと説があって、何が本当なのか分からない。

 

 金と権力でも買えなかった長寿がそんなに欲しいのか。その話をうちの今年103歳になるおふくろに聞かせたら、きっと、頼むから、長生きさせないでくれと言うだろう。長生きは幸せなのではない。無期懲役の独房に入れられて、面壁30年。9年でも長いのに、それで達観もできないし、悟りどころか飽きて仕方がない生活なのだ。そういう長い老後は逆に地獄で、長生きさせるということは拷問に近い。孤独と体の不自由、病気と寝た切りで、耳も遠く、目も見えず、話し相手もいないで、一日老人ホームのベッドで寝ているだけの、そういう外に出られず、テレビもラジオも聞けず、なんの楽しみもなく、それでも死なないとは、苦しみだけの余生で、それでも不老不死でいたいのか。いい加減に死なしてくれと叫びたい気持ちは分かる。

 おふくろは、もう慣れたのか、最近は電話でも、「なんだか、死ぬ気がしないのだよ」と話していた。死ぬのも忘れて、寝た切り生活にも慣れた。ボケていればまだしも、頭がしっかりとしていて、見えない聴こえない、ヘルパーだけが定時に回ってくるが、来客もなく、話し相手もいない。たまに電話はケータイでしてくるが、その身内の声を聴くだけが楽しみだが、聴こえているのか? 親戚も友達も長生きすれば、みんな周囲が死んでしまい、誰もいなくなる。長生きすれば寂しいとそう話していた。老人施設のフロアは声も物音もせず、しんと鎮まって、まるで霊安室のようだとおふくろは言う。寝た切りの老人ばかりが個室で暮らしている。うちの母方の祖母も97歳で亡くなったが、親戚以外は葬式に来なかった。ばあさんの知る人はみんな死んだから。

 長生きしていいことなんかないよと、そうおふくろは言う。適当に生きて死にたいと。まずは、わたしもそうだが、老後は飽きる。何かしていないと、居場所がなく、退屈で、趣味に走り、仲間を求める。わたしの友人たちも、いつ来るのか、来たら連絡よこせと、することもなく、それで飽き飽きしている様子。

 親戚の年上の人たちの話でも、七十くらいで死にたいと言っていたが、それはもうすぎて、まだ生きている。これからはおまけの人生でそのおまけがまた長い。だらだらと生かされている。長生きする意味もない。健康寿命からすれば、わたしも後8年だが、もし、おふくろのように祖母のように長生き遺伝子で、百歳を越えてまだ生きていたら、そう思えばぞっとする。これからまだ30年はある。それまで日本はあるのか、地球はあるのか、世界は人類はあるのかと、戦争と経済破綻と災害で、この先のディストピアを考えたらうんざりとしてくる。