仕事で何が大変かって、人間関係が煩わしい。わたしもそれで随分とぶつかった。理不尽なことには先輩でも立ち向かい、わたしの場合は引き下がらないで闘う。おかしいことはおかしいのだ。それで東京に出てきてからもいろいろと仕事は変わったが、一人仕事もあった。それは実に気楽でよかった。ぶつかる相手がいない。銀座のビルの警備と管理人をやったときは、交代で引継ぎしたらずっと24時間一人なのだ。工事業者の対応とテナントの鍵の引き渡し、建物の定時の巡回のほかは、ずっと守衛管理人室で受付業務。テレビがあって、昼からドラマを見ていたりした。パソコンもあり、報告書を書いて送信したり、それでもやることはいろいろとある。が、後は銀座だから、早朝の配達の受け入れで、5時にはスタバのシャッターを開けて、牛乳などの日配の立ち合いをしたり、ゴミステーションで鼠どもの脅かしもした。それが面白かった。そっと行って、いきなりゴミ置き場でニャーンと猫の鳴き真似をすれば、大きなドブ鼠たちが何十といて、一斉に逃げるのだ。それが朝の楽しみになる。外の通りはみゆき通り。朝まで飲んでいる若者たちがへべれけ。反吐はするな、小便の跡も流して。

 一人職場は、ほかに青山学院付属の用務員があった。それも前日のじいさんと交代引継ぎしたら、マニュアルに則って、時間でやることはあるが、半日は受付で、鍵の受け渡しから、業者対応で、教室の蛍光管交換や点検業務、巡回と、一人で気楽で、24時間の仮眠もある一日仕事だが、休憩室で昼飯もいろいろと作った。スイートポテトを作ったりと、コーヒーメーカーに電子レンジと冷蔵庫もあり、洗濯機も使える。テレビもあってパソコンではおふくろに手紙を書いたりしていた。早朝の学校は誰もいない。プールに体育館、理科室に英語室、工作室、音楽室に食堂、厨房に礼拝堂、そういう見回りも嫌いではない。

 

 いまのバイトの掃除夫も、一人仕事で、誰に指図されることもなく、一人でみんなしなくてはいけないが、気楽でいい。前任のじいさんは癌で辞めたが、81才まで10年も勤めたという。週に四日で二つのマンションを掛け持ちで見ている。管理人はいないが、午前だけ、管理人みたいな苦情も受付、上への報告もする。設備の老朽化で、電灯は切れるし、水漏れ、エレベーターの不具合から、自転車の外部からの勝手な使用、それについては、紙を貼っても聞かないので、自転車ごと道路に出したら、もう来なくなる。許可のシールを貼っていない自転車はそうして外に出そう。

 

 息子がいままでの青森からやっていたトラック運送の会社の内勤を突然辞めることになった。それは今年に入ってからだった。事の始まりは、会社の新年会で、営業所の社員ら7名ぐらいで厚木の居酒屋で飲んだが、所長が悪いやつで、女子社員にどんどんと飲ませて、何か企んでいた。その子は酒が弱いのか、トイレで吐いて、挙句の果てに帰りがけ、玄関のほかのお客たちの靴の上で吐いた。靴は何人分もゲロまみれになった。さあ大変だと、店の人も出てきて、客たちも大騒ぎ、これでは帰れないと喧嘩になる。それで息子はコンビニに行ってサンダルを買ってきて謝るが、所長は酔ったふりで知らん顔。靴代もそれぞれに弁償し、宴会代まで支払うことになる。総額31万円。たまたまわたしの貸したクレカを息子が持っていたので、半分をコンビニでキャッシングして弁済に当てた。それは後で女の子から返してもらったが、所長は逃げて一円も負担しない。本当に悪いのは所長なのに無責任だった。それでみんなの不信感が募る。風当りが息子に強くなったのはそれからで、パワハラで嫌がらせ、夜勤ばかりになる。それでは子供たちとのコミュニケもないし、寝不足になる。家族持ちと判っていて、わざと辞めさせるように仕向けた。

 

 息子は一人仕事がいいなと、職を探した。いまは転職サイトもいっぱいあって、テレビでも宣伝していたが、スッパリと辞めて乗り換える。スッパリと? だ。青森から運転管理者の資格もとって、運行業務の指令をしてきたが、それをやめて新たに同じ配送の中堅の会社に勤めた。日勤で給与はいままでよりいいというから、最初は配達をしている。それから資格があるから、会社では内勤にさせるようだ。平塚の営業所だが、担当は鎌倉方面で、帰ってくると、小町通りは観光客ですごいな、大仏にも配達に回ったよと、わたしに言うからむ、何? あの小町通りを車で走る? と驚く。交通事故だけは気をつけろよ。それで笑ったことがある。材木座を配達していて、どこに材木屋があるのだと探していた。それは鎌倉の海辺の地名なのだ。材木座海岸で夏は泳ぐ。それと、長谷寺を探して、人に聴いて、「はせでら」とは読めず、「ちょうこくじ」と言ったとか。

 一人仕事は気持ちがいいと、息子は前の職場にいたときは、所長に嫌味も言われて頭に来ていたが、せいせいした顔で働いて、やる気が出ていた。これからは運送は難しくなり、2024年問題と言われている。今年からそうなのだ。運送が崩壊する。運転手不足でどうにもならない。自動運転、ドローンでの配達に移行する実験も行われている。息子にはドローンの免許をとったらと話している。

 

 それと別で息子は土曜か日曜に、湘南台という藤沢にあるボクシングジムにバイトと自分のトレーニングのために通うことになる。ボクシングのトレーナーの資格も持っていて、青森ではジムで手伝っていた。いま、またそれを再開する。なんでも趣味と実益はいい。かなりぶぐふぐと太ってきていたので、高校生のときは青森県のチャンピオンでインターハイまで行った経歴があるから、また運動して精悍なスポーツマンになれよ。四十過ぎて中年で、そろそろ成人病も心配だ。わたしは一緒に暮らして、後方援護はしてやりたい。