古本が泣いている。どうも本が売れないので、ますます除けもの扱いで、ゴミになっているのが多いのではないか。古本屋で引き取り、ふたたび誰かの手に渡る幸せな古本はきっと一部にしかすぎないのではないか。大方は無知な本を知らない人の手でゴミに出され、現代の焚書に遭っているのだと思います。

 わたしの働いている二百数十所帯の入るマンションでも、毎日のように古本がゴミステーションに出されています。いままでは、先輩の掃除夫が、ブックオフに持って行くのだと、除けておいていましたので、わたしは後から入った者として、遠慮していました。ただ、先輩は本の値打ちは知りません。マンガ本や文庫本、綺麗な単行本だけを選んで、持ち帰り、売った代金が晩酌の酎ハイになります。それも何百円という可愛いもので、きっとそうだろうと、わたしはもう、古本屋を卒業し、これからは古本世界から足を洗ったので、関わりになりたくないと、目をつぶることにしました。
 ですが、ある部屋でお年寄りが入院してから亡くなり、その遺族がすべての家具などを処分したいと業者を呼んで、トラックに部屋の中のものをすべてぶちこんでいました。それは別にいつものことで珍しい光景ではありませんが、たまたま掃除をしていたときに、エレベーターのドアを止めるために置いていた額絵が目に入りました。な、なんと、芹澤銈介の型絵染めの額装したものではありませんか。「いろはうた」でした。それはどうするのかと訊いたら、全部処分するのだというので、買いたいものがあると金額を提示しましたら、ただで持って行っていいと言うので、お言葉に甘えて、一枚いただいてきました。裏に署名落款があり、高島屋創業百五十年にてと本人の墨書きがされていました。デパートの記念展覧会で売ったものなのでしょう。
 なんでもゴミにすればいいというものではありません。また、わたしの勿体ないが首をもたげました。もう、そういうのはやめたはずではなかったのか。だけど、見たらどうしてもゴミにはさせたくない気持ちが動きます。その絵は自分で、神田の古書会館の市場に持ち込んでもよかったのですが、もうそこまでもしたくはないと、いつも行くご近所の若い夫婦でやられている古本屋に持ち込みました。すると、絵を見て、「これは手に負えない」というようなことを言います。どうもいまは資金がないようなのです。どこの古本屋も厳しい。だけどたかが型絵染めで、人間国宝とは言え、そんな高い値がつくとは思えません。良心的な古本屋さんで、市場に出して、手数料だけくださいと、わたしの代わりに出品してくれました。二割引いて、片手を後でくれたので、わたしも驚きました。その代金で連れと二人で食べ放題のレストランに行ったくらいです。

 仕事場のマンションで次に出たのが大量の展覧会の図録から外国の写真家の写真集などです。それも、神保町の古本屋に電話をしたら、只ならもらいに行ってもいいという、つっけんどんな言い方に、頭にきて、みんな捨てることにしたと、ゴミステーションに台車で次々に持ち込みます。それも亡くなった親の蔵書で、部屋の中の整理をしているところと言います。ただの展覧会の図録ぐらいなら、目をつぶってゴミでもなんでもしろと、諦めますが、なんと内容がいいものばかり。外国の画集にも珍しいものもあり、これはすべてゴミというのは忍びない。また、わたしの古本屋魂が蘇生しました。了解をもらって、みんないただくことにしました。わたしもそうなれば金ではなく、本が粗末になるのを見過ごせない。寺山修司のポスター画集だけでもいい値段がつきそうです。
 青森の息子の古本屋に送ってもいいのですが、宅配便は重さがかかるので逆に高くなるかなと、それは断念しました。画集など重いですが、こうなったら、毎日少しずつ知り合いの古本屋に運ぶよりない。こういうときに車があったらなと思います。本はすべて休憩室に先輩も協力して運んでくれました。わたしのロッカーの中も本でいっぱいで、下駄箱も本、流しの前にも本の山。それをせっせと運びます。海外旅行に持ってゆくバックパックに本を詰め、手提げ袋二つに本を詰め、東中野の駅まで歩いて10分。その間、10メートル歩いては休み、手は痛くなるわ、心臓はバクバクで、回転数は最大トルクまで上がり、汗はだらだら。気温34℃の中、毎日、そうして運んで、千円なら汗代にもなりません。一度は小川町の古本屋に持ち込んだら、5千円くれました。
 その金で帰りにスーパーでおかずなど買って帰りました。ささやかな贅沢もさせたいと、カフェレストランでカクテルなんか呑んだりもしました。いつも貧乏くさい生活もいけません。たまに洒落た店で二人で小さな無駄もしないと。
 
 いまの世の中、どこかで誰かが貴重な古本を抹殺しています。それを止められないのは、本が売れないので古本屋の買う気も失せて、ますます本が粗末に扱われるのです。わたしも神保町の古書店を歩いて3軒から断られました。本を助けるために手が痺れ、背中と肩も痛く、誰か本を買ってくれと、気がついたら、また古本に足をずっぷりと漬けているのです。これは死んでも治らない病気です。どうしたものか。