五千万件に及ぶ年金の宙に浮いたものがあるというのが連日の新聞で報じらられていた。
職員による横領もいろいろと発覚している。今朝の新聞では、社保庁を辞める職員が増えていると書かれていた。
 わたしの友人は、暫くリストラされて失職していたが、昨年から社保庁の臨時職員に採用されて、未払いの人の徴収をしている。
 その彼からいろいろと実情を聞かせられて、全面的に社保庁が悪くないということが納得できた。
 その彼と酒を飲みながら、いま、『社保庁は悪くない! バカなのは国民だ』という本を書けばベストセラーになるから、書いてみないかと勧めた。業界モノの暴露本は中にいる人間でなければ書けない。ペンネームで書いて、バレてもベストセラーになると印税で食ってゆけるから、首になってもいいだろうということだった。
 取立ての仕事は大変なようだ。主義で納めない人もいる。わたしの周りにも二人いた。一人は親戚で、払えるのだが、自分は六十で死ぬからと、まるで占いに見てもらったものを信じているようにそれを盾にして突っ張っている。来年その六十なのだが、果たして占いは当たるのだろうか。
 もう一人はビルを所有してる資産家で、黙っていてもテナントから家賃ががばがばと入ってくるから、ちょぼちょぼした年金などいらない。それより、彼は政府の面倒にはならないというアナーキーな思想を持っている。
 世の中には年金の世話になるというしけた考えを捨てている反対派もいるのだ。
 そうかと思うと、やくざの家に取り立てに行く。丸暴以来、大っぴらな仕事ができなくなり、やくざさんも貧乏で喘いでいる。取り立てに伺うと、わざと刺青をちらつかせるようにして、ないものはない、払えないものは払えないとすごむのだそうだ。
 本当に払えない人は、貧乏のどん底で、そんな家ばかり訪問するから辛いものがある。ストレスもかなり溜まる仕事で嫌がるので、外から臨時職員を採用して、彼らに歩かせている。
 友人は小説を趣味で書いて、新人賞もいつも最終候補まで残って落ちている惜しいやつだった。スランプで書けないというから、書く材料はいくらでもあるだろう。そんな家庭を覗いて歩く仕事は、滅多にない。おまえしかできない経験を生かせよ。と、わたしは励ます。『社保庁の臨時職員は見たー』というサブタイトルだけでも売れそうな感じがするのに。たまたま、横で酒を一緒に呑んでいた筑摩書房の役員のМさんは、ただ、笑って聴いていた。いい企画だと思うのだがな。

 世の中、こんなに年金問題で揺れる前にわたしは自分の年金を確認しに行ってきたのは、去年の三月だった。どうもバラバラになっているようなので繋げてもらおうと行ったのだ。
 わたしには番号が三つある。若いときに、勤めた会社を突然辞めたりして、退職届けは郵送したりしていたので、そんな辞め方をしたせいで、次の会社から前歴紹介されると困るので、勤めていないことにして、自分の履歴を消したのだ。それで、次の職場では新たに年金手帳を発行してもらった。そうしたことが繰り返されるのは、働いているわれわれがいい加減だからだ。正式に手続きしていれば起こりえないことが、若者にはあるだろう。
 バカなのは国民なのだ。
「あなたは、昭和五十一年の九月からGという会社に勤めていませんでしたか」と、窓口で訊かれて、はたと困惑した。思い出せないこともある。よく考えると、二ヶ月だけ学研で百科事典のセールスをしたことがある。その会社だった。それが宙に浮いているので繋げてもらった。いままで十指に余る仕事を転々としてきたから、短期の仕事は覚えていないことが多い。会社の名前が判らないと、完全に宙に浮く。それは本人が悪いのだ。窓口の職員に訊いても判るわけがない。
 パン屋、スーパー、果物屋、本のセールス、サラ金、旅行会社、電器店、洋菓子店、古本屋と判っているだけで、これだけ転職しているが、その間に短期の仕事は他にもある。履歴書に書き込めないほどあるのを本人が第一知らないのだ。三十年以上経つとすっかりと忘れている。
 それでもコンピータの中に入っているデータを窓口では照会する。
「あなたは、昭和四十三年に川崎で鉄工所に勤めていませんでしたか?」
 と、窓口の女性は機械を叩いて宙に浮いたデータを出してきた。わたしと生年月日と名前が同じ男性なのだ。世の中にはそんな同一の名前と誕生日を持つ人がいても不思議ではない。恐らく、わたしと同じ生年月日の人は世の中には二万分の一の確率で存在するのだ。全国に六百人いる。その中の半分が男性とすると、三百人の中に同姓同名がいたのだ。
 昭和四十三年はわたしはまだ高校二年生で、青森にいたし、くりくり坊主の学生服であった。もし、そのときに、「はい、そうです」と偽証すれば、どこにいるか判らない同じ名前の人物の年金がわたしに加算されることになる。だけど、いつかその人も社保庁に出向いて、自分の年金を繋いでもらったときに、空白ができていることに気がついて訴えるだろう。調べたら、それは青森のわたしにくっついていることがバレる。それは必ずバレることだからと、やめたが、そんなこともあるのだ。生年月日と名前だけで本人と特定するのは危険なような気がする。他に本籍も加わると偶然の可能性は皆無になるのではないか。
 わたしの場合は厚生年金の掛けている期間が二十二年あり、国民年金の期間が十一年、合計で三十三年とほぼ完納しているが、未納も判ってその場で支払って埋めた。
 年金問題が浮上してきてから、続々と事務所に人々は押しかけたが、前妻もその一人だった。
 珍しく電話がきて、二人で若いときに岡崎に住んでいた頃、自分がなんという病院に勤めていたのかというのだ。三十三年前だからすっかりと忘れている。どこに勤めたか、その名前が判らないと繋ぐことができない。
 わたしはたまたまずっと日記を付けている。それを見ると、前妻はО医院で一年半の間医療事務をしている。それで教えてやった。
 三男も年金を一本化してもらおうと、窓口に行ったが、東京時代に職を転々としてひと月、二月ですぐに辞めるから、いちいち覚えていないと、自分が勤めた会社の名前を思い出せない。二年前のことでもだ。これはバカというしかない。やはりバカなのは国民だ。
 第一、社保をちゃんとしている会社であったのかも知らない。自分のことなのにみんないい加減なのだ。
 横領も自分で納めた金だから腹が立つ。だけど、数の中だ、どこの役所でも会社でも不正は必ずある。別に社保庁だけの問題ではない。いま、青森市では収納課の裏金問題で揺れているが、役所だけでなく、民間も含めて悪いやつはどこにでもいるのだ。政治家も高級官僚もみんなやっている。できないのはわれわれ貧乏人だけだ。橋本治は書いた。『貧乏は正しい』と。まさに金を手にすることのできない貧乏人はいい人間なのだ。わたしも善人の一人なのだ。古本屋は正しい。